○村上征勝*、上田英代**、上田裕一***、今西祐一郎****、樺島忠夫*****
(*統計数理研究所、**古典総合研究所、***もとぶ野毛病院、****九州大学、*****神戸学院大学)
このグラフを見るとわずかながら名詞と動詞の使用率、名詞と助動詞の使用率の間には負の相関、動詞と助動詞の使用率の間には正の相関があることがわかる。(名詞と動詞の使用率の間の相関係数は-0.43、名詞と助動詞の使用率の間の相関係数は-0.62、動詞と助動詞の使用率の間の相関係数は0.53、であった)
このグラフをみると新たな構想を持って書き始められた巻が必ずしも初出単語が多い訳ではないことがわかる
たとえば宇治十帖が始まる第45番目の巻「橋姫」を見ても初出単語が増えている訳ではない。初出単語の率が上がっているのは主として1000語以下の短い巻である。
昭和14年青柳秋生氏は巻の執筆順序について最初から23巻までを検討の対象とし、一つの説を提案した。1〜23巻までの登場人物を詳細に調べ、「源氏物語」の中で同時期の事件が帚木グループ系列と若紫グループ系列では、お互いに全く関連がないことから5,7,8,9,10,11,12の前半の巻を初めに書き、この辺で前に戻り2,3,4,6と書き12の後半を書いて13〜21と続けて1を総序の形で書いたとする説である。
この説に従って各巻を並び換えたのが次のグラフである(グラフ5)。
次に、昭和25年武田宗俊氏は青柳説を更に発展させるものとして、33巻までを検討の対象とした。武田氏の説は青柳氏と同様に登場人物について調べ33巻までの執筆順序は、まず1,5,7〜14,17〜21,32,33を書き、あとから2〜4,6,15,16,22〜31の巻々を挿入していったとするものである。この説に従って各巻を並べ変えて調べたのが次のグラフである(グラフ6)。
グラフ5と6をみてもグラフ4と大きな違いがある訳ではなく、又新たな物語の書き初めの巻で初出単語が増加している訳ではないので、青柳説あるいは武田説を証明することはできなかった。
[名詞]こと,ほと,心,人 [動詞]あら,おほし [助詞]か,かし,こそ,そ,て, と,なと,に,の,は,はかり,も,や,を [助動詞]けり,す,たり,たる, な,なる,なれ,に,ぬ,へし,れ [連体詞]かの,この [副詞]いと,え,すこし [動詞・補助動詞]きこえ,給,給へ
活用のある語に関しては、このリストに載っている活用形で全54帖に出現している。同一単語で活用形が違うだけの単語が、出現しているかどうかを調べると、全54帖で出現する単語はもっと増えるはずである。たとえば[動詞]の「おもふ」や「みる」「いふ」「のたまふ」などである。
この39語のうち、名詞の4語について調べてみる。出現度数の多い順に並べてみると「こと」、「人」、「心」、「ほと」である。これは表記の形だけを機械的に集めて数えてあるが、これをもう少し詳細に見てみる。
まず、「こと」であるが「事柄」の意味であり、「言」「琴」の意味のものは含んでいない。更に、表記が「事」(まれに「言」の意のものも混在している)で意味上「事柄」の意味のものを「こと」と合わせて巻毎に出現する割合を求めたグラフが次のものである。(グラフ7)
次に、「人」は漢字表記で全54帖に出現するのであるが、これにひらがな表記の「ひと」を加えてある。(グラフ8)
「心」も同様に漢字表記で全54帖に出現するのであるが、このグラフにはひらがな表記の「こころ」と「御心」の数も加えてある。(グラフ9)
「心」に関しては更に複合語について詳細に調べる予定である。「心」をもとにした多様な複合語が多いからである。
「ほと」も同様に漢字表記の「程」も含めて数えてある。(グラフ10)
この四つの表記について全巻における出現数を調べる過程で、従来より写本に様々の問題があるとされている第51番目の「浮舟」の巻では、ひらがなの「こころ」と「ひと」の率が漢字の「心」「人」に対して他の巻の割合より圧倒的に高いことがわかった。ある写本が、どの系統の写本なのかを決める手段の一つとして、ある単語の表記がひらがなか漢字かを調べることが重要な手がかりとなりそうである。
また、『フロッピィ版古典対象語い表』の統計表によれば、名詞の出現率で上位の4語をとると『枕草子』では「ひと」「もの」「こと」「ほと」の順であり、『蜻蛉日記』では「ひと」「こと」「ほと」「もの」の順である。「源氏物語」では第三位に「心」が入っていることを考えると紫式部にとって「心」は重要なテーマであった訳である。
今後『紫式部日記』『手枕』『山路の露』『雲隠6帖』との詳細な文体比較を行ってゆく予定である。
「源氏物語の計量分析のためのデータベース作成」 (人文学と情報処理 NO.2 …上田裕一・上田英代・村上征勝)「源氏物語執筆の順序」 (国語と国文学 S14,8・9月号 …青柳秋生)
「源氏物語の最初の形態」 (文学 S25,6・7月号 …武田宗俊)