『手枕』の内容は、源氏物語第4巻「夕顔」の文頭で、「六條わたりの御しのひありきのころ」とあるが、実際は、「六条のみやす所」とのなれそめが、本文に描かれていないので、その部分を補ったものとなっている。宣長は、使用する語彙については、「源氏物語」と同じになるよう注意しているが、明らかに文体が異なることが実感される。故に、図1の結果は納得できるものである。
『山路の露』について検討すると、内容は、「源氏物語」の宇治十帖の主人公「薫」の後日談であるが、紫式部が54帖迄に描いてきた物語の主題や、人生観からすると、内容そのものが不自然な感じがする。しかし、文体は『手枕』より、時代的に「源氏物語」に近いせいか、違和感が少ない。文章を読んだときの感じが図1にそのまま表れているといえる。
明らかに紫式部の作ではないとされている作品のうち、『手枕』は初稿・再稿とも「山路の露」に比較して「源氏物語」と品詞の出現率が異なるものが多かったが、更に使用している語彙からも検討する。
この表をみると、『手枕』より『山路の露』のほうが「源氏物語」に出現しない語を多く使っている。しかし、「源氏物語」中でも、ある巻が終了し、新たな巻を始める場合、その巻の総語数に対する初出語は、ある程度の割合を示し、同一人物が著述していても、異なり語は物語の進展に伴って、少しずつ増えることから、『手枕』も『山路の露』も、異なった事柄を述べる故なのか、紫式部とは別人が著述した故なのかは確定できない。むしろ、「源氏物語」の作者が新たに物語を展開する時のほうが新しく使用する語彙は多く、別人が無理に作者に似せて書く擬古文のほうが新しく使用する語彙が極端に少ないといえる(表4)。
次に「源氏物語」に出現しない語を更に品詞別に分けてみると表5のごとくである。
この表をみると『手枕』も『山路の露』も「源氏物語」に出現しない語=新使用の語彙は、名詞より、動詞・形容詞・形容動詞のほうが多い。また表3に示されているように『山路の露』のほうが新使用の語彙が多いのであるが、文体としては明らかに『山路の露』のほうが「源氏物語」に近いのである。原作が書かれた時代より、遠く離れた時代になればなるほど、擬古文を書くことは困難であるといえよう。
以上種々の角度から分析を行っているが、『源氏物語大成』の付属語のデータがより精密になるに従い、文体の相異が、何によるものなのかを更に明らかにしてゆく予定である。