源氏物語の計量分析(5)


○ 上田英代*、村上征勝**、今西祐一郎***、藤田真理****、上田裕一*****
(*古典総合研究所、**統計数理研究所、***九州大学、****東電学園、*****もとぶ野毛病院)


  1. はじめに
     著者等は、昨年度、源氏物語の助詞の種類と出現率、及び助詞の中で互いに高い相関係数を持つペアについて報告した。
     今年度は、『源氏物語大成校異篇』本文に基づいたデータベースに、『日本古典文学全集源氏物語』(小学館)の基準で、「」の情報を付加したので、この情報を用いた分析について報告する。「」で囲まれた部分は、作中人物の会話や内話、手紙文等である。物語中の会話や、作中人物の独り言、あるいは内話等の表現は、作者が物語に臨場感をもたせるための叙述技法であり、当時の会話に近いものとなっている。そのため会話文と地の文にはそれなりの違いがあると考えられる。源氏物語の場合、会話文と地の文は、微妙に入り組み、融合してしまう部分も少なくないので認定は難しいといえるが、それぞれの文体の特徴を探る一段階として、今回は会話文(「」内)、地の文(会話文と和歌を除いた部分)の助詞の出現率について報告する。

  2. 会話文と地の文の助詞の出現率と種類
     まず源氏物語全体での会話文、地の文、和歌の占める比率は、表1である。

    表1(単位:%)
    会話文地の文和歌
    35.161.83.1

    また、それぞれの文の中での総語数に対する助詞の出現率は、表2のとおりである。

    表2(単位:%)
     会話文地の文
    助詞の出現率31.132.1

     次に各巻での出現率を示したものが、グラフ1である。

    表2グラフ1より源氏物語全体では地の文のほうが助詞の出現率は高く、巻毎では54巻中33巻で、地の文の助詞の出現率が高いが、顕著な差は見られない。
     次に、会話文と地の文で出現する助詞の種類について調べた。まずおおまかな傾向を探るために、格助詞、接続助詞、係助詞、副助詞、終助詞、その他とグループ分けした。グループ毎の出現率は、表3である。
    会話文、地の文ともに、格助詞、接続助詞、係助詞で助詞全体の出現率の90%以上を占めるが、そのなかの構成比は、かなり異なり、格助詞と接続助詞は地の文に、係助詞は会話文に多いことがわかる。しかし、もう少し詳しく調べるとグループ内の助詞が

    表3(単位:%)
     会話文地の文
    格助詞43.746.8
    接続助詞16.825.3
    係助詞31.720.3
    副助詞4.56.7
    終助詞2.60.6
    その他0.40.1

    同じ出現傾向を持っているとは限らないことがわかる(表4)。
     表4より特に、格助詞では「と」が、接続助詞では「て」が、地の文に多い。係助詞に関しては、宮坂和江氏(「係結の表現価値」国語と国文学、第29巻2月号)が、「や」「こそ」「なむ」「か」「かは」「やは」が、会話文に多いことを指摘しているが、一応そのことは見てとれる。また、グラフ2グラフ3は、「て」と「や」の、54巻の各巻における地の文と会話文での出現率のヒストグラムであるが、会話文と地の文で出現率の分布が明らかに異なっている。他の助詞の場合も、会話文地の文で、出現率が大きく異なる助詞では、このような分布となる。

     これらのことから、会話文と地の文で、助詞の働きによるグループごとに何らかの違いがあるのでなく、それぞれの用法と意味を持つ個々の助詞が、会話文と地の文で異なる出現の仕方をすることがわかった。会話文と地の文で異なる出現率をもつ「と」には、引用や、並列の用法があり、また「に」「を」等、格助詞と一応分類したが、接続助詞的用法をもつ助詞があり、これらを詳細に検討しなければならない。今後、会話文と地の文で、特徴のある出現の仕方をする個々の助詞について、さらに詳しく分析していく予定である。

    表4(単位%)
      格助詞よりしてから
    会話文  16.411.4 5.7 8.5 0.5 1.1 0.0 0.1 0.0
    地の文  14.811.910.9 7.6 0.3 1.2 0.1 0.1 0.0

      接続助詞つつながらともものをその他
    会話文   9.9 3.5 1.6 0.2 0.5 0.4 0.4 0.3 0.1
    地の文  15.7 5.3 2.3 0.9 0.5 0.3 0.1 0.1 0.4

      係助詞こそなむかはやは
    会話文   2.610.4 9.3 3.5 3.5 1.1 0.8 0.3 0.2
    地の文   1.010.0 6.5 0.5 0.5 1.5 0.2 0.1 0.0


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