50巻 あつまや

畳語、繰り返し文字は文字になおしてあります。
赤字
が傳津守國冬・慈寛各筆本文です。( )内の語は本文にないことを示します。



1793-01 つくはやまをわけみまほしき御心はありなからは山のしけりまてあなかちに思いら
1793-02 むもいと人ききかろかろしうかたはらいたかるへきほとなれはおほしははかり
1793-03 て御せうそこをたにえつたへさせ給はすかのあま君のもとよりそははきたのかた
1793-04 にの給しさまなとたひたひほのめかしをこせけれとまめやかに御心とまる
1793-05 へき事とも思はねはたたさまてもたつねしり給らん事とはかりおかしうおもひ
1793-06 て人の御ほとのたた今世にありかたけなるをもかすならましかはなとそよろつ
1793-07 に思けるかみのこともはははなくなりにけるなとあまたこのはらにもひめ君
1793-08 とつけてかしつくありまたをさなきなとすきすきに五六人ありけれはさまさまに
1793-09 このあつかひをしつつこと人とおもひへたてたる心のありけれはつねにいと
1793-10 つらき物にかみをもうらみつついかてひきすくれておもたたしきほとにしなし
1793-11 てもみえにしかなと明暮このはは君はおもひあつかひけるさまかたちのなのめに
1793-12 とりませてもありぬへくはいとかうしもなにかはくるしきまてももてなやま
1793-13 しおなしことおもはせてもありぬへきよをものにもましらすあはれにかたしけなく
1793-14 おひいて給へはあたらしく心くるしきものに思へりむすめおほかりときき
1794-01 てなまきむたちめく人々もをとなひいふいとあまたありけりはしめのはらの二三人
1794-02 はみなさまさまにくはりてをとなひさせたり今はわかひめ君をおもふやうに
1794-03 てみたてまつらはやとあけくれまもりてなてかしつく事かきりなしかみもいやしき
1794-04 人にはあらさりけりかむたちめのすちにてなからひも物きたなき人なら
1794-05 すとくいかめしうなとあれはほとほとにつけては思ひあかりていゑのうちもきらきらしく
1794-06 ものきよけにすみなし事このみしたるほとよりはあやしうあららかに
1794-07 ゐ中ひたる心そつきたりけるわかうよりさるあつま方のはるかなるせかいに
1794-08 うつもれて年へけにやこゑなとほとほとうちゆかみぬへく物うちいふすこし
1794-09 たみたるやうにてかうけのあたりおそろしくわつらはしき物にははかりおち
1794-10 すへていとまたくすきまなき心もありおかしきさまにことふえのみちはとをう
1794-11 ゆみをなんいとよくひけるなをなをしきあたりともいはすいきおひにひかされ
1794-12 てよきわか人ともさうそくありさまはえならすととのへつつこしおれたるうた
1794-13 あはせものかたりあはせかうしんなとをしまはゆくみくるしくあそひかちにこのめるをこの
1794-14 けさうのきむたちらうらうしくこそあるへけれかたちなんいみしかなるなとおかしき
1795-01 方にいひなして心をつくしあへる中に左近の少將とてとし廿二三はかり
1795-02 の程にて心はせしめやかにさえありといふかたは人にゆるされたれときらきらしう
1795-03 いまめいてなとはえあらぬにやかよひし所なともたえていとねんころにいひわたり
1795-04 けりこのはは君あまたかかる事いふ人々のなかにこのきみは人からも
1795-05 めやすかなり心さたまりて物おもひしりぬへかなるを人もあてなりやこれより
1795-06 まさりてことことしききはの人はたかかるあたりをさいへとたつねよらしと
1795-07 思てこの御方にとりつきてさるへきおりおりはおかしきさまに返事なとせさせ
1795-08 たてまつる心ひとつに思まうくかみこそをろかに思なすとも我はいのちをゆつり
1795-09 てかしつきてさまかたちのめてたきをみつきなはさりともをろかになとはよも
1795-10 思ふ人あらしと思たち八月はかりとちきりててうとをまうけはかなきあそひもの
1795-11 をせさせてもさまことにやうおかしうまきゑらてんのこまやかなる心はへ
1795-12 まさりてみゆる物をはこの御方にととりかくしておとりのをこれなむよきとて
1795-13 みすれはかみはよくしもみしらすそこはかとない物ともの人のてうとといふかきり
1795-14 はたたとりあつめてならひすしつつめをはつかにさし出るはかりにてこと
1796-01 ひわのしとてないけうはうのわたりよりむかへとりつつならはすてひとつひきとれ
1796-02 はしをたちゐおかみてよろこひろくをとらする事うつむはかりにてもてさはく
1796-03 はやりかなるこくものなとをしへてしとおかしき夕くれなとにひきあはせ
1796-04 てあそふ時は涙もつつますおこかましきまてさすかに物めてしたりかかる事とも
1796-05 をはは君はすこし物のゆへしりていとみくるしとおもへはことにあへしらは
1796-06 ぬをあこをはおもひおとし給へりとつねにうらみけりかくてかの少將ちきりし
1796-07 ほとをまちつけておなしくはとくとせめけれはわか心ひとつにかうおもひいそく
1796-08 もいとつつましう人の心のしりかたさを思てはしめよりつたへそめける人の
1796-09 きたるにちかうよひよせてかたらふよろつおほく思ははかる事のおほかるを月ころ
1796-10 かうの給てほとへぬるをなみなみの人にもものし給はねはかたしけなう心くるしう
1796-11 てかう思たちにたるをおやなと物し給はぬ人なれは心ひとつなるやうに
1796-12 てかたはらいたううちあはぬさまにみえたてまつる事もやとかねてなんおもふ
1796-13 わかき人々あまた侍れと思ふ人くしたるはをのつからとおもひゆつられてこの
1796-14 君の御事をのみなむはかなき世の中をみるにもうしろめたくいみしきを物おもひしり
1797-01 ぬへき御心さまとききてかうよろつのつつましさをわすれぬへかめる
1797-02 をしももし思はすなる御心はえもみえは人わらへにかなしうなんといひけるを
1797-03 少將の君にまうててしかしかなんと申けるにけしきあしくなりぬはしめよりさらに
1797-04 かくのみむすめにあらすといふ事をなむきかさりつるおなしことなれと人きき
1797-05 もけおとりたる心ちしていていりせむにもよからすなん有へきようもあないせ
1797-06 てうかひたることをつたへけるとの給ふにいとおしくなりてくはしくもしり
1797-07 給へす女とものしるたよりにておほせことつたへはしめ侍しになかにかしつく
1797-08 むすめとのみきき侍れはかみのにこそはとこそ思給へつれこと人のこもたまへ
1797-09 らむともとひきき侍らさりつる也かたち心もすくれてものし給事ははうへ
1797-10 のかなしうし給ておもたたしうけたかきことをせんとあかめかしつかるときき
1797-11 侍しかはいかてかのへんの事つたへへからん人もかなとのたませしかはさる
1797-12 たよりしり給へりととり申しなりさらにうかひたるつみ侍ましきことなりとはらあしく
1797-13 こと葉おほかる物にて申すに君いとあてやかならぬさまにてかやうの
1797-14 あたりにいきかよはむ人のおさおさゆるさぬ事なれといまやうの事にてとかある
1798-01 ましうもてあかめてうしろみたつにつみかくしてなむあるたくひもあめるを
1798-02 おなしこととうちうちには思ふともよそのおほえなむへつらひて人いひなすへき
1798-03 源少納言さぬきのかみなとのうけはりたるけしきにていていらむにかみにも
1798-04 おさおさうけられぬさまにてましらはんなむいと人けなかるへきとの給この人
1798-05 ついそうありうたてある人の心にてこれをいとくちおしうこなたかなたにおもひ
1798-06 けれはまことにかみのむすめとおほさはまたわかうなとおはすともしかつたへ
1798-07 侍らんかしなかにあたるなんひめ君とてかみいとかなしうしたまふなるときこゆ
1798-08 いさやはしめよりしかいひよれることををきて又いはんこそうたてあれされと
1798-09 我(か)ほいはかのかむのぬしの人からもものものしくおとなしき人なれはうしろみ
1798-10 にもせまほしうみる所ありておもひはしめことなりもはらかほかたちのすくれ
1798-11 たらん女のねかひもなししなあてにえむならん女をねかははやすくえつへし
1798-12 されとさひしう事うちあはぬみやひこのめる人のはてはてはものきよくもなく
1798-13 人にも人ともおもひたらぬをみれはすこし人にそしらるともなたらかにて世の中
1798-14 をすくさむことをねかふなりかみにかくなんとかたらひてさもとゆるすけしき
1799-01 あらはなにかはさもの給この人はいもうとのこのにしの御方にあるたより
1799-02 にかかる御ふみなともとりつたへはしめけれとかみにはくはしくもみえしられ
1799-03 ぬものなりけりたたいきにかみのゐたりけるまへにいきてとり申へきことあり
1799-04 てなんといはすかみ此(の)わたりに時々いていりおはすときけとまへにはよひいてぬ人の
1799-05 なにこといひにかあらんとなまあらあらしきけしきなれと左近の少將とのの御せうそこ
1799-06 にてなむさふらふといはせたれはあひたりかたらひかたけなるかほし
1799-07 てちかうゐよりて月ころうちの御方にせうそこきこえさせ給をゆるしありて
1799-08 この月のほとにとちきりきこえさせ給事侍を日をはからひていつしかとおほす
1799-09 ほとにある人の申けるやうまことに北のかたの御はからひにものし給へとかむのとの
1799-10 の御むすめにはおはせすきむたちのおはしかよはむに世のきこえなんへつらひ
1799-11 たるやうならむすらうの御むこになり給かやうのきみたちはたたわたくしの君
1799-12 のことく思かしつきたてまつりてにささけたること思ひあつかひうしろみ
1799-13 たてまつるにかかりてなむさるふるまひし給人々ものし給めるをさすかにその
1799-14 御ねかひはあなかちなるやうにておさおさうけられ給はてけおとりておはしかよは
1800-01 ん事ひんなかりぬへきよしをなむせちにそしり申す人々あまた侍なれは
1800-02 たた今おほしわつらひてなむはしめよりたたきらきらしう人のうしろとたのみ
1800-03 きこえんにたへ給へる御おほえをえらひ申てきこえはしめ申し也さらにこと人
1800-04 ものし給らんといふ事しらさりけれはもとの心さしのままにまたをさなきもの
1800-05 あまたおはすなるをゆるい給ははいととうれしくなむ御けしきみてまうてこ
1800-06 とおほせられつれはといふにかみさらにかかる御せうそこ侍よしくはしくうけ給はら
1800-07 すまことにおなしことに思ふ給へき人なれとよからぬわらはへあまた侍
1800-08 てはかはかしからぬ身にさまさま思給へあつかふほとにははなるものもこれを
1800-09 こと人と思わけたることとくねりいふこと侍てともかくもくちいれさせぬ人の
1800-10 事に侍れはほのかにしかなむおほせらるること侍とはきき侍しかとなにかしを
1800-11 とり所におほしける御心はしり侍らさりけりさるはいとうれしく思給へらるる
1800-12 御ことにこそ侍なれいとらうたしとおもふめのわらははあまたの中にこれをなん
1800-13 いのちにもかへむと思侍るの給ふ人々あれと今の世の人のみ心さためなくきこえ
1800-14 侍に中中むねいたきめをやみむのははかりに思ひさたむる事もなくてなん
1801-01 いかてうしろやすくもみ給へをかんと明暮かなしくおもふ給るを少將殿にをき
1801-02 たてまつりてはこの大將殿にもわかくよりまいりつかうまつりきいゑのこにて
1801-03 みたてまつりしにいと經さくにつかふまつらまほしと心つきておもひきこえしか
1801-04 とはるかなる所にうちつつきてすくし侍としころの程にうゐうゐしくおほえ
1801-05 侍てなんまいりもつかまつらぬをかかる御心さしの侍けるを返々おほせのこと
1801-06 たてまつらむはやすき事なれと月ころの御心たかへたるやうにこの人思給へん
1801-07 ことをなんおもふ給へははかり侍といとこまやかにいふよろしけなめりとうれしく
1801-08 思ふなにかとおほしははかるへきことにも侍らすかの御心さしはたたひと所
1801-09 の御ゆるし侍らむをねかひおほしていはけなくとしたらぬほとにおはすとも
1801-10 しんしちのやむことなく思ひをきて給へらんをこそほいかなふにはせめもはら
1801-11 さやうのほとりはみたらむふるまひすへきにもあらすとなむの給つる人からは
1801-12 いとやむことなくおほえ心にくくおはする君なりけりわかき君たちとてすきすきしく
1801-13 あてひてもおはしまさす世のありさまもいとよくしり給へり兩し給所々
1801-14 もいとおほく侍りまたころの御とくなきやうなれとをのつからやむことなき
1802-01 人の御けはひのありけなるやうなを人のかきりなきとみといふめるいきおひに
1802-02 はまさり給へりらい年四位になり給なむこたみのとうはうたかひなくみかとの
1802-03 御くちつからこて給へるなりよろつの事たらひてめやすき朝臣のめをなんさため
1802-04 さるはやさるへき人えりてうしろみをまうけよかんたちめにはわれしあれ
1802-05 はけふあすといふはかりになしあけてんとこそおほせらるなれなにこともたた
1802-06 この君そみかとにもしたしくつかふまつり給なる御心はたいみしうかうさくに
1802-07 おもおもしくなんおはしますめるあたら人の御むこをかうきき給ほとにおもほしたち
1802-08 なむこそよからめかの殿にはわれもわれもむこにとりたてまつらんとところところ
1802-09 侍なれはここにしふしふなる御けはひあらはほかさまにもおほしなりな
1802-10 んこれたたうしろやすきことをとり申すなりといとおほくよけにいひつつくる
1802-11 にいとあさましくひなひたるかみにてうちえみつつききゐたりこのころの御とく
1802-12 なとの心もとなからむことはなの給そなにかしいのち侍らむほとはいたたき
1802-13 にささけたてまつりてん心もとなく何をあかぬとかおほすへきたとひあへすして
1802-14 つかうまつりさしつとものこりのたから物兩し侍所々ひとへにてもまたとりあらそふ
1803-01 へき人なしこともおほく侍れとこれはさまことに思そめたる物に侍り
1803-02 たたま心におほし返みさせ給はは大臣のくらゐをもとめむとおほしねかひて世になき
1803-03 たから物をもつくさむとし給はんになき物侍ましたうしのみかとしかめくみ
1803-04 申給なれは御うしろみは心もとなかるましこれかの御ためにもなにかしか
1803-05 めのわらはのためにもさいはひとあるへき事にやともしらすとよろしけにいふ
1803-06 時にいとうれしくなりていもうとにもかかる事ありともかたらすあなたにもよりつか
1803-07 てかみのいひつることをいともいともよけにめてたしと思てきこゆれは君
1803-08 すこしひなひてそあるとはきき給へとにくからすうちゑみてききゐ給へり大臣
1803-09 にならむそくらうをとらんなとそあまりおとろおとろしきこととみみとまりける
1803-10 さてかの北の方にはかくとものしつや心さしことに思はしめ給へらんにひきたかへ
1803-11 たらむひかひかしくねちけたるやうにとりなす人もあらんいさやとおほしたゆたひ
1803-12 たるをなにか北の方もかの姫君をはいとやむことなき物に思ひかしつき
1803-13 たてまつり給なりけりたたなかのこのかみにてとしもおとなひ給を心くるしき
1803-14 ことに思てそなたにとおもむけて申されけるなりけりときこゆ月ころはまたなく
1804-01 よのつねならすかしつくといひつるもののうちつけにかくいふもいかなら
1804-02 むと思へとも猶ひとわたりはつらしと思はれ人にはすこしそしらるともなからへ
1804-03 てたのもしき事をこそといとまたくかしこき君にて思とりてけれは日をたに
1804-04 とりかへてちきりし暮にそおはしはしめける北の方は人しれすいそきたちて人々
1804-05 のさうそくせさせしつらひなとよしよししうし給御かたをもかしらあらはせ
1804-06 とりつくろひてみるに少將なといふ程の人にみせんもおしくあたらしきさまを
1804-07 あはれやおやにしられたてまつりておいたち給はましかはおはせすなりにたれ
1804-08 とも大將殿のの給ふらんさまにおほけなくともなとかは思たたさらましされと
1804-09 うちうちにこそかくおもへほかのをとききはかみのことも思ひわかす又しちを
1804-10 たつねしらむ人も中中おとしめ思ひぬへきこそかなしけれなと思つつくいかか
1804-11 はせむさかりすき給はんもあいなしいやしからすめやすきほとの人のかくねんころに
1804-12 の給めるをなと心ひとつに思ひさたむるも中たちのかくことよくいみしき
1804-13 に女はましてすかされたるにやあらんあすあさてとおもへは心あはたたしく
1804-14 いそかしきにこなたにも心のとかにられたらすそそきありくにかみとより
1805-01 いりきてなかなかとととこほる所もなくいひつつけて我を思へたててあこの
1805-02 御けさう人をはわむとし給けるおほけなく心をさなきことめてたからむ御むすめ
1805-03 をはようせさせ給君たちあらしいやしくことやうならむなにかしらか女こ
1805-04 をそいやしうもたつねの給めれかしこく思ひくはたてられけれともはらほいなし
1805-05 とてほかさまへおもひなり給へかなれはおなしくはと思てなんさらは御心と
1805-06 ゆるし申つるなとあやしくあふなく人の思はむ所もしらぬ人にていひちらしゐ
1805-07 たり北の方あきれて物もいはれてとはかり思ふに心うさをかきつらね涙もおち
1805-08 ぬはかりおもひつつけられてやをらたちぬこなたにわたりてみるにいとらうたけに
1805-09 ゐ給へるにさりとも人にはをとり給はしとは思ひなくさむめのととふたり
1805-10 心うきものは人の心也けりをのれはおなしこと思あつかふとも此(の)君のゆかりと
1805-11 思はむ人のためにはいのちをもゆつりつへくこそおもへおやなしとききあなつり
1805-12 てまたをさなくなりあはぬ人をさしこえてかくはいひなるへしやかく心うく
1805-13 ちかきあたりにみしきかしと思ひぬれとかみのかくおもたたしきことにおもひ
1805-14 てうけとりさはくめれはあひあひにたる世の人のありさまをすへてかかる事に
1806-01 くちいれしとおもふいかてここならぬ所にしはしありにしかなとうちなけきつつ
1806-02 いふめのともいとはらたたしく我(か)君をかくおとしむることとおもふになにか
1806-03 これも御さいはひにてたかふことともしらすかく心くちおしくいましける君なれ
1806-04 はあたら御さまをもみしらさらましわかきみをは心はせあり物思ひしりたら
1806-05 ん人にこそみせたてまつらまほしけれ大將殿の御さまかたちほのかにみたてまつり
1806-06 しにさもいのちのふる心ちのし侍しかなあはれにはたきこえ給なり御すくせ
1806-07 にまかせておほしよりねかしといへはあなおそろしや人のいふをきけはとしころ
1806-08 おほろけならん人をはみしとのたまひて右大臣殿按察の大納言式部卿の宮
1806-09 なとのいとねんころにほのめかし給けれとききすくしてみかとの御かしつきむすめ
1806-10 をえ給へる君はいかはかりの人かまめやかにはおほさんかのはは宮なと
1806-11 の御かたにあらせて時時もみむとはおほしもしなんそれはたけにめてたき
1806-12 御あたりなれともいとむねいたかるへきことなり宮のうへのかくさいはひ人と
1806-13 申すなれと物思はしけにおほしたるをみれはいかにもいかにもふた心なからん人のみ
1806-14 こそめやすくたのもしき事にはあらめ吾(か)身にてもしりにきこ宮の御有さまは
1807-01 いとなさけなさけしくめてたくおかしくおはせしかと人かすにもおほささりしか
1807-02 はいかはかりかは心うくつらかりしこのいといふかひなくなさけなくさまあしき
1807-03 人なれとひたおもむきにふた心なきをみれは心やすくて年ころをもすくしつる
1807-04 也おりふしの心はえのかやうにあい行なくようゐなき事こそにくけれなけかしく
1807-05 うらめしきこともなくかたみにうちいさかひても心にあはぬことをはあきらめ
1807-06 つかむたちめみこたちにて宮ひかに心はつかしき人の御あたりといふとも
1807-07 我(か)かすならてはかひあらしよろつの事我(か)身からなりけりと思へはよろつにかなしう
1807-08 こそみたてまつれいかにして人わらへならすしたてたてまつらむとかたらふ
1807-09 かみはいそきたちて女房なとこなたにめやすきあまたあなるをこの程はあら
1807-10 せ給へやかて帳なともあたらしくしたてられためる方を事にはかになりにためれ
1807-11 はとりわたしとかくあらたむましとてにしのかたにきてたちゐとかくしつらひさはく
1807-12 めやすきさまにさはらかにあたりあたり有へきかきりしたる所をさかしらに
1807-13 屏風とももてきていふせきまてたてあつめてつしにかいなとあやしきまて
1807-14 しくはへて心をやりていそけは北のかたみくるしくみれとくちいれしといひて
1808-01 しかはたたにみきく御かたは北おもてにいたり人の御心はみしりはてぬたたおなし
1808-02 こなれはさりともいとかくは思はなち給はしとこそ思つれさはれ世にはは
1808-03 なき子はなくやはあるとてむすめをひるよりめのととふたりなてつくろひたて
1808-04 たれはにくけにもあらす十五六のほとにていとちいさやかにふくらかなる人の
1808-05 かみうつくしけにてこうちきの程なりすそいとふさやかなりこれをいとめてたし
1808-06 と思ひてなてつくろふなにか人のことさまに思かまへられける人をしもとおもへ
1808-07 と人からのあたらしくかうさくに物し給ふ君なれは我も我もとむこにとら
1808-08 まほしくする人のおほかなるにとられなんもくちおしくてなんとかの中ひとに
1808-09 はかられていふもいとおこなりおとこ君もこの程のいかめしくおもふやうなる
1808-10 こととよろつのつみあるましう思てその夜もかへすきそめぬはは君御方のめのと
1808-11 いとあさましく思思ひかひかしきやうなれはとかくみあつかふも心つきなけれ
1808-12 は宮の北のかたの御もとに御ふみたてまつるその事と侍らてはなれなれしく
1808-13 やとかしこまりてえ思給ふるままにもきこえさせぬをつつしむへきこと侍て
1808-14 しはし所かへさせんとおもふ給るにいとしのひてさふらひぬへきかくれの方さふらは
1809-01 はいともいともうれしくなむかすならぬ身一のかけにかくれもあへすあはれなる
1809-02 事のみおほく侍る世なれはたのもしき方にはまつなんとうちなきつつかき
1809-03 たるふみをあはれとはみ給けれとこ宮のさはかりゆるし給はてやみにし人を
1809-04 われひとりのこりてしりかたらはんもいとつつましく又みくるしきさまにて世
1809-05 にあふれんもしらすかほにてきかんこそ心くるしかるへけれことなる事なくて
1809-06 かたみにちりほはんもなき人の御ためにみくるしかるへきわさをおほしわつらふ
1809-07 たいふかもとにもいと心くるしけにいひやりたりけれはさるやうこそは侍ら
1809-08 め人にくくはしたなくもなの給はせそかかるをとりの物の人の御中にましり給
1809-09 もよのつねの事なりなときこえてさらはかのにしのかたにかくろへたる所しいて
1809-10 ていとむつかしけなめれとさてもすくい給つへくはしはしのほとといひつかはし
1809-11 ついとうれしとおもほして人しれすいてたつ御方もかの御あたりをはむつひ
1809-12 きこえまほしと思ふ心なれは中中かかる事とものいてきたるをうれしとおもふ
1809-13 かみ少將のあつかひをいかはかりめてたき事をせんとおもふにそのきらきらしかる
1809-14 へきこともしらぬ心にはたたあららかなるあつまきぬともをおしまろかし
1810-01 て御ともの人にはなけいてつくい物も所せきまてなんはこひいててののしりけるけすなと
1810-02 はそれをいとかしこきなさけに思ひけれは君もいとあらまほしく心かしこく
1810-03 とりよりにけりと思けり北(の)方このほとをみすててしらさらんもひかみたらむと
1810-04 おもひねんしてたたするままにまかせてみゐたりまらうとの御ていさふらひと
1810-05 しつらひさはけは家はひろけれと源少納言ひむかしのたいにはすむをのここなと
1810-06 のおほかるに所もなし此(の)御方にまらうとすみつきぬれはらうなとほとりはみ
1810-07 たらむにすませたてまつらむもあかすいとおしくおほえてとかく思ひめくらす
1810-08 ほと宮にとはおもふ成けりこの御方さまにかすまへ給ふ人のなきをあなつるな
1810-09 めりと思へはことにゆるい給はさりしあたりをあなかちにまいらすめのとわかき
1810-10 人々二三人はかりして西のひさしの北によりてひとけとをきかたにつほねし
1810-11 たり年ころかくはかなかりつれとうとくおほすましき人なれはまいる時ははち
1810-12 給はすいとあらまほしくけはひことにてわか君の御あつかひをしておはする御有さま
1810-13 うらやましくおほゆるもあはれなり我もこ北のかたにははなれたてまつる
1810-14 へき人かはつかふまつるといひしひかりにかすまへられたてまつらすくちおしく
1811-01 てかく人にはあなつらるるとおもふにはかくしのひてむつひきこゆるもあちきなし
1811-02 ここには御物いみといひてけれは人もかよはす二日はかりはは君もゐ
1811-03 たりこたみは心のとかに此(の)みありさまをみる宮わたり給ゆかしくてもののはさま
1811-04 よりみれはいときよらにさくらをおりたるさまし給ひてわかたのもし人に思
1811-05 てうらめしけれと心にはたかはしとおもふひたちのかみよりさまかたちも人の程
1811-06 もこよなくみゆる五位四位ともあひひさまつきさふらひてこの事かのことと
1811-07 あたりあたりのことともけいしともなと申又わかやかなる五位ともかほもしらぬ
1811-08 とももおほかりわかままこの式部のそうにてくら人なる内の御つかひにてまいれ
1811-09 り御あたりにもえちかくまいらすこよなき人の御けはひをあはれこはなに人
1811-10 そかかる御あたりにおはするめてたさよよそに思ふ時はめてたき人々ときこゆ
1811-11 ともつらきめみせ給ははと物うくおしはかりきこえさせつらんあさましさよこの
1811-12 御有さまかたちをみれはたなはたはかりにてもかやうにみたてまつりかよは
1811-13 むはいといみしかるへきわさかなとおもふにわか君いたきてうつくしみおはす
1811-14 女君みしかき木丁をへたてておはするをおしやりてものなときこえ給ふ御かたちとも
1812-01 いときよらにあひたりこ宮のさひしくおはせし御有さまを思ひくらふる
1812-02 にみやたちときこゆれといとこよなきわさにこそありけれとおほゆ木丁のうち
1812-03 にいり給ぬれはわか君はわかき人めのとなともてあそひきこゆ人々まいりあつまれ
1812-04 となやましとておほとのこもり暮しつ御たいこなたにまいるよろつのこと
1812-05 けたかく心ことにみゆれはわかいみしきことをつくすとみおもへとなおなおしき
1812-06 人のあたりはくちおしかりけりと思ひなりぬれはわかむすめもかやうにて
1812-07 さしならへたらむにはかたはならしかしいきおひをたのみてちちぬしのきさき
1812-08 にもなしてんとおもひたる人々おなしわかこなからけはひこよなきを思ふも猶
1812-09 今よりのちも心はたかくつかふへかりけりと夜一よあらましかたりおもひつつけ
1812-10 らる宮日たけておき給てきさいの宮例のなやましくし給へはまいるへしとて
1812-11 御そうそくなとし給ておはすゆかしうおほえてのそけはうるはしくひきつくろひ
1812-12 給へるはたにる物なくけたかくあいきやうつききよらにてわか君をえみすて
1812-13 給はてあそひおはす御かゆこはいゐなとまいりてそこなたよりいてたまふけさ
1812-14 よりまいりてさふらひのかたにやすらひける人々いまそまいりて物なときこゆる
1813-01 なかにきよけたちてなてうことなき人のすさましきかほしたるなをしきてたち
1813-02 はきたるありおまへにてなにともみえぬをかれそこのひたちのかみのむこの
1813-03 少將なはしめは御かたにとさためけるをかみのむすめをえてこそいたはら
1813-04 なといひてかしけたるめのわらはをもたるななりいさこの御あたりの人はかけても
1813-05 いはすかの君の方よりよくきくたよりのあるそなとをのかとちいふきくらむ
1813-06 ともしらて人のかくいふにつけてもむねつふれて少將をめやすき程とおもひ
1813-07 ける心もくちおしくけにことなる事なかるへかりけりと思ていととしくあなつらはしく
1813-08 思なりぬわか君のはひいててみすのつまよりのそき給へるをうちみ給
1813-09 てたちかへりよりおはしたり御心ちよろしくみえ給ははやかてまかてなん猶くるしく
1813-10 し給ははこよひはとのゐにそ今は一夜をへたつるもおほつかなきこそくるしけれ
1813-11 とてしはしなくさめあそはしていて給ぬるさまの返々みるともみるともあく
1813-12 ましくにほひやかにおかしけれは出給ぬるなこりさうさうしくそなかめらるる
1813-13 女君の御まへにいてきていみしくめてたてまつれはゐ中ひたるとおほしてわらひ
1813-14 給こうへのうせ給し程はいふかひなくをさなき御ほとにていかにならせたまは
1814-01 んとみたてまつる人もこ宮もおほしなけきしをこよなき御すくせのほとなり
1814-02 けれはさるやまふところのなかにもおひいてさせ給しにこそありけれくちおしく
1814-03 こひめ君のおはしまさすなりにたるこそあかぬ事なれなとうちなきつつきこゆ
1814-04 君もうちなき給て世の中のうらめしく心ほそきおりおりも又かくなからふれ
1814-05 はすこしも思なくさめつへきおりもあるをいにしへたのみきこえけるかけとも
1814-06 にをくれたてまつりけるは中中によのつねに思ひなされてみたてまつりしら
1814-07 すなりにけれはあるを猶この御事はつきせすいみしくこそ大將のよろつのこと
1814-08 に心のうつらぬよしをうれへつつあさからぬ御心のさまをみるにつけてもいと
1814-09 こそくちおしけれとの給へは大將とのはさはかり世にためしなきまてみかとの
1814-10 かしつきおほしたなるに心おこりし給らむかしおはしまさましかは猶この事せか
1814-11 れしもし給はさらましやなときこゆいさややうのものと人わらはれなる心ちせ
1814-12 ましも中中にやあらましみはてぬにつけて心にくくもある世にこそとおもへ
1814-13 とかの君はいかなるにかあらむあやしきまて物わすれせすこ宮の御のちの世
1814-14 をさへ思ひやりふかくうしろみありき給めるなと心うつくしうかたり給かのすき
1815-01 にし御かはりにたつねてみんとこのかすならぬ人をさへなんかの弁のあま君
1815-02 にはの給ひけるさもやとおもふ給へよるへき事には侍らねと一もとゆへにこそ
1815-03 はとかたしけなけれとあはれになむおもひたまへらる御こころふかきなるなといふついて
1815-04 にこの君をもてわつらふことなくなくかたるこまかにはあらねと人もきき
1815-05 けりと思ふに少將のおもひあなつりけるさまなとほのめかしていのち侍らむかきり
1815-06 はなにか朝ゆふのなくさめくさにてみすくしつへしうちすて侍なんのちは
1815-07 おもはすなるさまにちりほひ侍らむかかなしさにあまになしてふかき山にやしすへ
1815-08 てさるかたに世のなかを思たえて侍らましなとなんおもひわひては思より
1815-09 はへるなといふけに心くるしき御有さまにこそはあなれとなにか人にあなつら
1815-10 るる御有さまはかやうになりぬる人のさかにこそさりとてもたえぬわさなり
1815-11 けれはむけにそのかたに思をきて給へりし身たにかく心よりほかになからふれは
1815-12 まいていとあるましき御事也やつい給はんもいとおしけなる御さまにこそなと
1815-13 いとおとなひての給へははは君いとうれしと思たりねひにたるさまなれとよしなからぬ
1815-14 さましてきよけなりいたくこえすきにたるなむひたち殿とはみえける
1816-01 こ宮のつらうなさけなくおほしはなちたりしにいとと人けなく人にもあなつら
1816-02 れ給とみ給れとかうきこえさせ御覽せらるるにつけてなんいにしへのうさもなくさめ
1816-03 侍なと年ころの物かたりうきしまのあはれなりし事もきこえいつわか身ひとつ
1816-04 のとのみいひあはする人もなきつくは山の有さまもかくあきらめきこえさせ
1816-05 ていつもいとかくてさふらはまほしくおもひたまへ侍れとかしこにはよから
1816-06 ぬあやしの物ともいかにたちさはきもとめ侍らんさすかに心あはたたしく思
1816-07 給へらるるかかる程の有さまに身をやつすは口おしき物になん侍けると身にも
1816-08 おもひしらるるをこの君はたたまかせきこえさせてしり侍らしなとかこちきこえ
1816-09 かくれはけにみくるしからてもあらなんとみ給かたちも心さまもえにくむましう
1816-10 らうたけなりものはちもおとろおとろしからすさまようこめいたる物からかとなから
1816-11 すちかくさふらふ人々にもいとよくかくれてゐたまへり物なといひたる
1816-12 もむかしの人の御さまにあやしきまておほえたてまつりてそあるやかの人かた
1816-13 もとめ給人にみせたてまつらはやとうち思いて給おりしも大將殿まいり給と
1816-14 人きこゆれは例の御き丁ひきつくろひて心つかひすこのまらうとのはは君いて
1817-01 みたてまつらんほのかにみたてまつりける人のいみしき物にきこゆめれと宮の
1817-02 御有さまにはえならひ給はしといへは御前にさふらふ人々いさやえこそきこえさため
1817-03 ねときこえあへりいか計ならん人か宮をはけちたてまつらむなといふほと
1817-04 に今そ車よりおり給なるときく程かしかましきまてをひののしりてとみにも
1817-05 みえ給はすまたれたるほとにあゆみいり給さまをみれはけにあなめてたおかしけ
1817-06 ともみえすなからそなまめかしうあてにきよけなるやすすろにみえくるしう
1817-07 はつかしくてひたいかみなともひきつくろはれて心恥しけにようゐおほくきは
1817-08 もなきさまそし給へる内よりまいり給へるなるへし御せんとものけはひあまた
1817-09 してよへきさいのみや(なやみ給よしうけ給りてまいりたりしかは宮たちのさふらひ
1817-10 給はさりしかはいとおしくみたてまつりて宮の御かはりにいままてさふらひ
1817-11 侍つるけさもいとけたいしてまいらせ給へるをあいなう御あやまちにおしはかり
1817-12 きこえさせてなむときこえ給へはけにをろかならす思やりふかき御ようい
1817-13 になんとはかりいらへきこえ給ふ宮は内にとまり給ぬるをみをきてたたならす
1817-14 おはしたるなめり例の物かたりいとなつかしけにきこえ給ふことにふれてたた
1818-01 いにしへのわすれかたく世の中の物うくなりまさるよしをあらはにはいひなさ
1818-02 てかすめうれへ給さしもいかてかよをへて心にはなれすのみはあらむ猶あさから
1818-03 すいひそめてし事のすちなれはなこりなからしとにやなとみなし給へと人の
1818-04 御けしきはしるき物なれはみもてゆくままにあはれなる御心さまをいは木なら
1818-05 ねはおもほししるうらみきこえ給ふ事もおほかれはいとわりなくうちなけきて
1818-06 かかる御心をやむるみそきをせさせたてまつらまほしくおもほすにやあらんかの
1818-07 人かたの給いてていとしのひてこのわたりになんとほのめかしきこえたまふ
1818-08 をかれもなへての心ちはせすゆかしくなりにたれとうちつけにふとうつらむ心地
1818-09 はたせすいてやその本そんねかひみてたまふへくはこそたうとからめ時々心やましく
1818-10 は中中山水もにこりぬへくとの給へははてはてはうたての御ひしり心
1818-11 やとほのかにわらひ給ふもおかしうきこゆいてさらはつたへはてさせ給へかし
1818-12 この御のかれこと葉こそおもひいつれはゆゆしくとの給てもまたなみたくみ
1818-13 ぬ
1818-14 みし人のかたしろならは身にそへて戀しきせせのなて物にせむと例のたはふれ
1819-01 にいひなしてまきらはしたまふ
1819-02 みそき川せせにいたさんなて物を身にそふ影とたれかたのまんひくてあまた
1819-03 にとかやいとおしくそ侍やとのたまへはつゐによるせはさらなりやいとうれたき
1819-04 やうなる水のあわにもあらそひ侍かなかきなかさるるなて物はいてまこと
1819-05 そかしいかてなくさむへきことそなといひつつくらうなるもうるさけれはかりそめに
1819-06 ものしたる人もあやしくと思らむもつつましきをこよひはなをとく返給
1819-07 ねとこしらへやり給さらはそのまらうとにかかる心のねかひ年へぬるをうちつけに
1819-08 なとあさう思なすましうのたまはせしらせ給てはしたなけなるましうはこそ
1819-09 いとうゐうゐしうならひにて侍る身はなに事もおこかましきまてなんとかたらひ
1819-10 きこえをきていて給ぬるにこのはは君いとめてたくおもふやうなるさまかな
1819-11 とめててめのとゆくりかに思よりてたひたひいひしことをあるましきことに
1819-12 いひしかとこの御ありさまをみるにはあまのかはをわたりてもかかるひこほし
1819-13 の光をこそまちつけさせめ我(か)むすめはなのめならん人にみせんはおしけなるさま
1819-14 をえひすめきたる人をのみみならひて少將をかしこき物に思けるをくやしき
1820-01 まて思なりにけりよりゐ給へりつるまきはしらもしとねもなこりにほへるうつりか
1820-02 いへはいとことさらめきたるまてありかたし時々みたてまつる人たにたひことに
1820-03 めてきこゆ經なとをよみてくとくのすくれたる事あめるにもかのかうはしき
1820-04 をやんことなきことに佛の給をきけるもことはりなりややく王品なとにとりわきて
1820-05 はへめる五つ千たんとかやおとろおとろしき物のななれとまつかのとの
1820-06 のちかくふるまひ給へは佛はまことし給けりとこそおほゆれをさなくおはし
1820-07 けるよりをこなひもいみしくし給けれはよなといふもありまたさきの世こそゆかしき
1820-08 御有さまなれなとくちくちめつる事ともをすすろにゑみてききゐたり君
1820-09 はしのひての給つることをほのめかしの給ふ思そめつることしうねきまてかろかろしから
1820-10 すものし給めるをけにたた今の有さまなとを思はわつらはしき心地す
1820-11 へけれとかのよをそむきてもなと思より給らんもおなしことにおもひなして
1820-12 心み給へかしとの給へはつらきめみせす人にあなつられしの心にてこそ鳥のね
1820-13 きこえさらんすまゐまて思給へをきつれけに人の御有さまけはひをみたてまつり
1820-14 思給ふるはしもつかへのほとなとにてもかかる人の御あたりになれきこえん
1821-01 はかひありぬへしまいてわかき人は心つけたてまつりぬへく侍めれと數ならぬ
1821-02 身にものおもひのたねをやいととまかせてみ侍らんたかきもみしかきも女といふもの
1821-03 はかかるすちにてこそこのよのちの世まてくるしき身になり侍なれと思給へ
1821-04 はへれはなむいとおしく思給へ侍それもたた御心になんともかくもおほしすて
1821-05 す物せさせ給へときこゆれはいとわつらはしくなりていさやきしかたの心ふかさ
1821-06 にうちとけてゆくさきのありさまはしりかたきをとうちなけきてことに物も
1821-07 の給はすなりぬあけぬれは車なとゐてきてかみのせうそこなといとはらたたしけに
1821-08 をひやかしたれはかたしけなくよろつにたのみきこえさせてなん猶しはし
1821-09 かくさせ給ていはほの中にともいかにとも思給へめくらし侍ほとかすに侍らす
1821-10 ともおもほしはなたすなにこともをしへさせ給へなとうちなきつつきこゆこの御方
1821-11 もいと心ほそくならはぬ心ちにたちはなれんを思へといまめかしくおかしくみゆる
1821-12 あたりにしはしもみなれたてまつらむとおもへはさすかにうれしくもおほえ
1821-13 けり車ひきいつるほとのすこしあかうなりぬるに宮内よりまかて給わか君おほつかなく
1821-14 おほえ給けれはしのひたるところにてくるまなとも例ならておはします
1822-01 にさしあひてをしととめられたれはらうに御車よせており給ふなその車そ
1822-02 くらきほとにいそきいつるはとめととめさせ給かやうにてそしのひたる所には
1822-03 いつるかと御心ならひにおほしよるもむくつけしひたちとののまかてさせ給
1822-04 と申すわかやかなる御せんともとのこそあさやかなれとわらひあへるを聞もけに
1822-05 こよなの身のほとやとかなしくおもふたたこの御かたのことを思ゆへにそをのれ
1822-06 も人々しくならまほしくおほしけるましてさうしみをなをなをしくやつし
1822-07 てみむことはいみしくあたらしうおもひなりぬ宮いり給てひたち殿といふ人や
1822-08 ここにかよはしたまふ心ある朝ほらけにいそきいてつる車そひなとこそことさらめき
1822-09 てみえつれなと猶おほしうたかひてのたまふききにくくかたはらいたし
1822-10 とおほしてたいふなとかわかくてのころともたちにてありける人はことにいまめかしう
1822-11 もみえさめるをゆへゆへしけにもの給なすかな人のききとかめつへき
1822-12 事をのみつねにとりない給こそなき名はたててとうちそむき給ふもらうたけに
1822-13 おかし明るもしらすおほとのこもりたるに人々あまたまいり給へはしん殿にわたり
1822-14 給ぬきさいの宮はことことしき御なやみにもあらてをこたり給にけれは心ちよけに
1823-01 て右(の)大とのの君たちなとこうちゐんふたきなとしつつあそひたまふ夕つかた
1823-02 宮こなたにわたらせ給へれは女君は御ゆするの程なりけりひとひともをのをの
1823-03 のうちやすみなとして御前には人もなしちいさきわらはのあるしておりあしき
1823-04 御ゆするのほとこそみくるしかめれさうさうしくてなかめんときこえ給へ
1823-05 はけにおはしまさぬひまひまにこそれいはすませあやしうひころも物うから
1823-06 せ給てけふすきはこの月は日もなし九十月はいかてかはとてつかまつらせつる
1823-07 をとたいふいとおかしかるわか君もねたまへりけれはそなたにこれかれあるほと
1823-08 に宮はたたすみありき給てにしの方に例ならぬわらはのみえつるをいままいり
1823-09 たるかなとおほしてさしのそきたまふなかのほとなるさうしのほそめにあきたる
1823-10 よりみ給へはさうしのあなたに一尺はかりひきさけて屏風たてたりそのつま
1823-11 に木丁すにそへてたてたりかたひらひとへをうちかけてしをん色の花やかなる
1823-12 にをみなへしのをり物とみゆるかさなりて袖口さしいてたり屏風のひとひらたたま
1823-13 れたるより心にもあらてみゆるなめりいままいりのくちおしからぬなめり
1823-14 とおほしてこのひさしにかよふさうしをいとみそかにおしあけ給てやをらあゆみより
1824-01 給も人しらすこなたのらうの中のつほせんさいのいとおかしう色々にさきみたれ
1824-02 たるにやり水のわたりいしたかきほといとおかしけれははしちかくそひふし
1824-03 てなかむる成けりあきたるさうしを今すこしおしあけて屏風のつまより
1824-04 のそき給に宮とは思ひもかけす例こなたにきなれたる人にやあらんと思ておきあかり
1824-05 たるかしらつきやうたいいとおかしうみゆるにれいの御心はすくし給はてきぬのすそ
1824-06 をとらへ給てこなたのさうしはひきたて給て屏風のはさまにゐたまひぬあやし
1824-07 とおもひてあふきをさしかくしてみ返たるさまいとおかしあふきをもたせなから
1824-08 とらへたまひてたれそ名のりこそゆかしけれとの給にむくつけくなりぬさる
1824-09 もののつらにかほをほかさまにもてかくしていといたうしのひ給へれはこの
1824-10 たたならすほのめかし給ふらん大將にやかうはしきけはひなとも思わたさるる
1824-11 にいとはつかしくせんかたなしめのと人けの例ならぬをあやしと思てあなたなる
1824-12 屏風をおしあけてきたりこれはいかなることにか侍らんあやしきわさにも侍る
1824-13 なときこゆれとははかり給へきことにもあらすかくうちつけなる御しわさなれ
1824-14 とことの葉おほかる本上なれはなにやかやとの給ふに暮はてぬれとたれときか
1825-01 さらむほとはゆるさしとてなれなれしくふし給に宮なりけりとおもひはつる
1825-02 にめのといはん方なくあきれてゐたりおほとなあふらはとうろにていまわたら
1825-03 せ給なんと人々いふなりおまへならぬかたのみかうしともそおろすなるこなた
1825-04 ははなれたるかたにしなしてたかきたなつし一よろひたて屏風のふくろにいれこめ
1825-05 たる所々によせかけなにかのあららかなるさまにしはなちたりかく人の
1825-06 ものし給へはとてかよふみちのさうしひとまはかりそあけたるを右近とてたいふ
1825-07 かむすめのさふらふきてかうしおろしてここによりくなりあなくらやまたおほとなふら
1825-08 もまいらさりけりみかうしをくるしきにいそきまいりてやみにまとふ
1825-09 よとてひきあくるに宮もなまくるしときき給ふめのとはたいとくるしと思ひ
1825-10 て物つつみせすはやりかにをそき人にてものきこえ侍らんここにいとあやしき
1825-11 ことの侍にこうしてなんえうこき侍らてなむなに事そとてさくりよるにうちきすかた
1825-12 なるおとこのいとかうはしくてそひふし給へるを例のけしからぬ御さま
1825-13 と思ひよりにけり女の心あはせたまふましきこととおしはからるれはけにいと
1825-14 みくるしき事にも侍かな右近はいかにかきこえさせんいままいりて御せんにこそ
1826-01 はしのひてきこえさせめとてたつをあさましくかたわにたれもたれもおもへと
1826-02 宮はおち給はすあさましきまてあてにおかしき人かな猶なに人ならん右近かいひ
1826-03 つるけしきもいとおしなへてのいままいりにはあらさめり心えかたくおほさ
1826-04 れてといひかくいひうらみ給ふ心つきなけにけしきはみてももてなさねとたた
1826-05 いみしうしぬはかりおもへるかいとおしけれはなさけありてこしらへ給ふ右近
1826-06 うへにしかしかこそおはしませいとおしくいかにおもふらんときこゆれは例の
1826-07 心うき御さまかなかのははもいかにあはあはしくけしからぬさまに思給はんと
1826-08 すらむうしろやすくと返々いひをきつる物をといとおしくおほせといかかきこえ
1826-09 むさふらふ人々もすこしわかやかによろしきはみすて給ふなくあやしき人の
1826-10 御くせなれはいかかはおもひより給けんとあさましきに物もいはれたまはす上達部
1826-11 あまたまいり給ふ日にてあそひたはふれてはれいもかかる時はをそくもわたり
1826-12 給へはみなうちとけてやすみ給そかしさてもいかにすへきことそかのめのと
1826-13 こおそましかりけれつとそひゐてまもりたてまつりひきもかなくりたてまつり
1826-14 つへくこそ思ひたりつれと右近こ少將とふたりしていとおしかる程に内より人まいり
1827-01 て大宮この夕くれより御むねなやませ給ふをたた今いみしくおもくなやませ
1827-02 たまふよし申さす右近心なきおりの御なやみかなきこえさせんとてたつ少將
1827-03 いてや今はかひなくもあへい事をおこかましくあまりなおひやかしきこえ給そ
1827-04 といへはいなまたしかるへしとしのひてささめきかはすをうへはいとききにくき
1827-05 人の御本上にこそあめれすこし心あらん人は我(か)あたりをさへうとみぬへかめり
1827-06 とおほすまいりて御つかひの申すよりも今すこしあはたたしけに申なせはうこき
1827-07 給へきさまにもあらぬ御けしきにたれかまいりたる例のおとろおとろしくをひやかす
1827-08 とのたまはすれは宮のさふらひにたいらのしけつねとなんなのり侍つる
1827-09 ときこゆいて給はん事のいとわりなくくちおしきに人めもおほされぬに右近
1827-10 たちいててこの御つかひをにしおもてにてといへは申つきする人もよりきて中つかさの宮
1827-11 まいらせ給ぬ大夫はたた今なんまいりつるみちに御車ひきいつるみ
1827-12 侍つと申せはけににはかに時々なやみたまふおりおりもあるをとおほすに人の
1827-13 おほすらん事もはしたなくなりていみしううらみちきりをきていて給ひぬおそろしき
1827-14 夢のさめたる心ちしてあせにおしひたしてふし給へりめのとうちあふき
1828-01 なとしてかかる御すまゐはよろつにつけてつつましうひんなかりけりかくおはしましそめ
1828-02 てさらによきこと侍らしあなおそろしやかきりなき人ときこゆとも
1828-03 安からぬ御有さまはいとあちきなかるへしよそのさしはなれたらん人にこそよし
1828-04 ともあしともおほえられ給はめ人ききもかたはらいたきことと思給へてかまのさう
1828-05 をいたしてつとみたてまつりつれはいとむくつけくけすけすしき女とおほし
1828-06 ててをいとつよくつませ給つるこそなを人のけさうたちていとおかしくも
1828-07 おほえ侍つれかのとのにはけふもいみしくいさかひ給けりたたひと所の御うへ
1828-08 をみあつかひ給ふとて我我こともをはおほしすてたりまらうとのおはする程
1828-09 の御たひねみくるしとあらあらしきまてそきこえ給ひけるしも人さへききいとおしかり
1828-10 けりすへてこの少將の君そいとあい行なくおほえ給このみこと侍らさら
1828-11 ましかはうちうちやすからすむつかしきことはおりおり侍ともなたらかにとしころ
1828-12 のままにておはしますへき物をなとうちなけきつついふ君はたたいまは
1828-13 ともかくも思ひめくらされすたたいみしくはしたなくみしらぬめをみつるにそへ
1828-14 てもいかにおほすらんとおもふにわひしけれはうつふしふしてなき給ふいと
1829-01 くるしとみあつかひてなにかかくおほすははをはせぬ人こそたつきなうかなしかる
1829-02 へけれよそのおほえはちちなき人はいとくちおしけれとさかなきままはは
1829-03 ににくまれんよりはこれはいとやすしともかくもしたてまつり給てんなおほしくんせ
1829-04 そさりともはつせの觀音おはしませはあはれと思きこえ給らんならはぬ
1829-05 御身にたひたひしきりてまて給事は人のかくあなつりさまにのみおもひきこえ
1829-06 たるをかくもありけりと思ふはかりの御さいはひおはしませとこそねんし侍れ
1829-07 わか君は人わらはれにてはやみ給なむやとよをやすけにいひゐたり宮はいそき
1829-08 ていて給なりうちちかき方にやあらんこなたの御かとより出給へはものの給御こゑ
1829-09 もきこゆいとあてにかきりもなくきこえて心はへあるふる事なとうちすし
1829-10 給てすき給ふほとすすろにわつらはしくおほゆうつしむまともひきいたしてとのゐ
1829-11 にさふらふ人十人はかりしてまいり給ふうへいとおしくうたて思ふらんと
1829-12 てしらすかほにて大宮なやみ給ふとてまいり給ぬれはこよひはいて給はしゆする
1829-13 のなこりにや心ちもなやましくておきゐ侍るをわたり給へつれつれにもおほさ
1829-14 るらんときこえたまへりみたり心ちのいとくるしう侍をためらひてとめのと
1830-01 してきこえ給いかなる御心ちそと返とふらひきこえ給へはなに心ちともおほえ
1830-02 侍らすたたいとくるしく侍ときこえ給へは少將右近めましろきをしてかたはら
1830-03 そいたくおはすらむといふもたたなるよりはいとおしいとくちおしう心くるしき
1830-04 わさかな大將の心ととめたるさまにのたまふめりしをいかにあはあはしく思ひおとさ
1830-05 むかくみたりかはしくおはする人はききにくくしちならぬことをもくねりいひ
1830-06 またまことにすこし思はすならむことをもさすかにみゆるしつへうこそ
1830-07 おはすめれこの君はいはてうしと思はんこといとはつかしけに心ふかきをあいなく
1830-08 思ふ事そひぬる人のうへなめりとしころみすしらさりつる人のうへなれ
1830-09 と心はえかたちをみれはえ思はなるましうらうたく心くるしきに世の中はありかたく
1830-10 むつかしけなる物かな我(か)身の有さまはあかぬ事おほかる心地すれとかく
1830-11 物はかなきめもみつへかりける身のさははふれすなりにけるにこそけにめやすき
1830-12 なりけれ今はたたこのにくき心そひ給へる人のなたらかにておもひはなれな
1830-13 はさらになにことも思いれすなりなんとおもほすいとおほかる御くしなれはとみに
1830-14 もえほしやらすおきゐ給へるもくるししろき御そ一かさねはかりにておはする
1831-01 ほそやかにておかしけなりこの君はまことに心ちもあしくなりにたれとめのと
1831-02 いとかたはらいたしことしもありかほにおほすらむをたたおほとかにてみえ
1831-03 たてまつり給へ右近の君なとにはことの有さまはしめよりかたり侍らんとせめて
1831-04 そそのかしたててこなたのさうしのもとにて右近の君に物きこえさせんと
1831-05 いへはたちていてたれはいとあやしく侍つる事のなこりに身もあつうなり給て
1831-06 まめやかにくるしけにみえさせ給ふをいとおしくみ侍御前にてなくさめきこえさせ
1831-07 給へとてなんあやまちもおはせぬ身をいとつつましけにおもほしわひためる
1831-08 もいささかにても世をしり給へる人こそあれいかてかはとことはりにおかしう
1831-09 みたてまつるとてひきおこしてまいらせたてまつる我にもあらす人の思ふ
1831-10 らむこともはつかしけれといとやはらかにおほときすき給へる君にておしいて
1831-11 られてゐたまへりひたいかみなとのいいたうぬれたるもてかくして火のかたにそむき
1831-12 給へるさまうへをたくひなくみたてまつるにけをとるともみえすあてにおかし
1831-13 これにおほしつきなはめさましけなることはありなんかしいとかからぬを
1831-14 たにめつらしき人をかしうしたまふ御心をとふたりはかりそをまへにてえはち
1832-01 給はねはみゐたりける物かたりいとなつかしくし給て例ならすつつましき所なと
1832-02 な思なし給そこひめ君のおはせすなりにし後わするるよなくいみしく身もうらめしく
1832-03 たくひなきここちしてすくすにいとよく思よそへられ給ふ御さまをこれ
1832-04 はなくさむ心ちしてあはれになむ思人もなき身にむかしの御心さしのやうに
1832-05 おもほさはいとうれしくなんなとかたらひたまへといと物つつましくてまたひなひ
1832-06 たる心にいらへきこえん事もなくてとしころいとはるかにのみ思きこえさせ
1832-07 しにかうみたてまつはなにこともなくさむ心ちし侍てなんとはかりいと
1832-08 わかひたるこゑにていふゑなととりいてさせて右近にこと葉よませてみ給ふに
1832-09 むかひてものはちもえしあへ給はす心にいれてみ給へるほかけさらにこここそとみゆる
1832-10 所なくこまかにおかしけなりひたいつきまみのかほりたる心ちしていとおほとかなる
1832-11 あてさはたたそれとのみ思いてらるれはゑはことにめもととめ給は
1832-12 ていとあはれなる人のかたちかないかてかうしもありけるにかあらんこ宮にいと
1832-13 よくにたてまつりたるなめりかしこひめ君はみやの御方さまに我はははうへ
1832-14 ににたてまつりたるとこそはふる人ともいふなりしかけににたる人はいみしき
1833-01 物なりけりとおほしくらふるに涙くみてみ給かれはかきりなくあてにけたかき
1833-02 ものからなつかしうなよよかにかたはなるまてなよなよとたはみたるさまのし
1833-03 給へりしにこそこれはまたもてなしのういういしけによろつのことをつつましう
1833-04 のみ思ひたるけにや見所おほかるなまめかしさそをとりたるゆへゆへしきけはい
1833-05 たにもてつけたらは大將のみ給はんにもさらにかたわなるましななとこのかみ心
1833-06 におもひあつかはれ給ふものかたりなとし給てあか月かたになりてそねたまふ
1833-07 かたはらにふせ給てこ宮の御事ともとし比おはせし御有さまなとまほなら
1833-08 ねとかたり給いとゆかしうみたてまつらすなりにけるをいとくちおしうかなし
1833-09 と思たりよへの心しりの人々はいかなりけんないとらうたけなる御さまをいみしう
1833-10 おほすともかひ有へきことかはいとおしといへは右近そさもあらしかの
1833-11 御めのとのひきすへてすすろにかたりうれへしけしきもてはなれてそいひし宮
1833-12 もあひてもあはぬやうなる心はえにこそうちうそふきくちすさひ給しかいさや
1833-13 ことさらにもやあらんそはしらすかしよへのほかけのいとおほとかなりしもことありかほに
1833-14 はみえたまはさりしをなとうちささめきていとおしかるめのと車
1834-01 こひてひたちとのへいぬ北の方にかうかうといへはむねつふれさはきて人もけしからぬ
1834-02 さまにいひ思らむさうしみもいかかおほすへきかかるすちの物にくみ
1834-03 はあて人もなきものなりとをのか心ならひにあはたたしく思ひなりてよさりつかた
1834-04 まいりぬ宮おはしまさねは心やすくてあやしく心をさなけなる人をまいらせをき
1834-05 てうしろやすくはたのみきこえさせなからいたちの侍らむやうなる心ちのし
1834-06 侍れはよからぬものともににくみうらみられ侍ときこゆいとさいふはかりのをさなさ
1834-07 にはあらさめるをうしろめたけにけしきはみたる御まかけこそわつらはしけれ
1834-08 とわらひ給へるかいとはつかしけなる御まみをみるも心のおににはつかしく
1834-09 そおほゆるいかにおほすらんとおもへはえもうちいてきこえすかくてさふらひ
1834-10 給はとしころのねかひのみつ心ちして人のもりきき侍らむもめやすくおもたたしき
1834-11 事になん思給ふるをさすかにつつましき事になん侍けるふかき山の
1834-12 ほいはみさほになん侍へきをとてうちなくもいといとおしくてここにはなに事
1834-13 かうしろめたくおほえ給ふへきとてもかくてもうとうとしく思はなちきこえは
1834-14 こそあらめけしからすたちてよからぬ人の時々ものし給めれとその心をみな人
1835-01 みしりためれは心つかひしてひんなうはもてなしきこえしと思ふをいかにおしはかり
1835-02 給ふにかとのたまふさらに御心をはへたてありても思きこえさせ侍らす
1835-03 かたはらいたうゆるしなかりしすちはなににかかけてもきこえさせ侍らんその
1835-04 かたならておもほしはなつましきつなも侍をなんとらへ所にたのみきこえさする
1835-05 なとをろかならすきこえてあすあさてかたきものいみに侍をおほそうならぬ
1835-06 所にてすくして又もまいらせ侍らむときこえていさなふいとおしくほいなきわさ
1835-07 かなとおほせとえととめたまはすあさましうかたはなることにおとろきさはき
1835-08 たれはおさおさ物もきこえていてぬかやうのかたたかへ所と思てちいさきいゑ
1835-09 まうけたりけり三条わたりにされはみたるかまたつくりさしたる所なれははかはかしき
1835-10 しつらひもせてなんありけるあはれこの御身ひとつをよろつにもてなやみ
1835-11 きこゆるかな心にかなはぬ世にはありふましき物にこそありけれみつから
1835-12 はかりはたたひたふるにしなしなしからす人けなうたたさるかたにはひこもり
1835-13 てすくしつへしこのゆかりは心うしと思ひきこえしあたりをむつひきこゆる
1835-14 にひんなきこともいてきなはいと人わらへにいにしのこととりそへこころうかるへしあちきなしことやうなりとも
1836-01 ここを人にもしらせすしのひておはせよをのつからともかくもつかふまつり
1836-02 てんといひをきてみつからはかへりなんとす君はうちなきて世にあらんこと所せけなる
1836-03 身と思くし給へるさまいとあはれなりおやはたましてあたらしくおしけれ
1836-04 はつつかなくておもふことみなさむと思さるかたはらいたきことにつけて
1836-05 人にもあはあはしく思はれいはれんかやすからぬなりけり心ちなくなとはあら
1836-06 ぬ人のなまはらたちやす思のままにそすこしありけるかのいゑにもかくろへ
1836-07 てはすへたりぬへけれとしかかくろへたらむをいとおしとおもひてかくあくからす
1836-08 にとしころかたはらさらす明くれみならひてかたみに心ほそくわりなしと思へ
1836-09 りここは又かくあはれてあやうけなる所なめりさる心し給へさうしさうしにある
1836-10 ものともめしいててつかひたまへとのゐ人のことなといひをきてみすつるもいとうしろめたけれ
1836-11 とかしこにはらたちうらみらるるかいとくるしけれはとうちなき
1836-12 てかへる少將のあつかひをかみは又なきものにおもひいそきてもろ心にさまあしく
1836-13 いとなますとゑんする也けりいと心うくこの人によりかかるまきれとも
1836-14 あるそかしと又なく思ふかたの事のかねてつらく心うくておさおさみいれす
1837-01 かの宮の御まへにていと人氣なくみえしにおほくおもひおとしてけれはわたくし物
1837-02 に思かしつかましをなとおもひし事はやみにたりここにてはいかかみゆらむ
1837-03 またうちとけたるさまみぬにと思てのとかにゐ給へるひるつかたこなたにわたり
1837-04 て物よりのそくしろきあやのなつかしけなるにいまやう色のうちめなとも
1837-05 きよらなるをきてはしつかたにせんさいみるとていたるはいつかはおとるいと
1837-06 きよけなめるはとみゆむすめまたかたなりになにこころもなきさまにてそひふし
1837-07 たり宮のうへのならひておはし御さまともの思いつれはくちおしのさまとも
1837-08 やとみゆまへなるこたちに物なといひたはふれてうちとけたるはいとみし
1837-09 やうににほひなく人わろけにてみえぬをかの宮なりしはこと少將なりけりと思おりしも
1837-10 いふことよ兵部卿の宮の萩のなをことにおもしろくもあるかないかて
1837-11 さるたねありけんおなし枝さしなとのいとえんなるこそ一日まいりていて給ほと
1837-12 なりしかはえおらすなりにきことたにおしきと宮のうちすし給へりしをわかき
1837-13 人たちにみせたらましかはとて我もうたよみゐたりいてや心はせの程をおもへ
1837-14 は人ともおほえすいてきえはいとこよなかりけるになに事いひたるそとつふやか
1838-01 るれといと心ちなけなるさまはさすかにしられねはいかかいふとて心みに
1838-03 しめゆひしこ萩かうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉そとあるにおしく
1838-04 おほえて
1838-05 宮き野のこはきかもととしらませは露も心をわかすそあらましいかてみつから
1838-06 きこえさせあきらめむといひたりこ宮の御ことききたるなめりと思ふにいとと
1838-07 いかて人とひとしくとのみおもひあつかはるあいなう大將とのの御さまかたち
1838-08 そ戀しう面かけにみゆるおなしうめてたしとみたてまつりしかと宮は思ひはなれ
1838-09 給て心もととまらすあなつりておしいりたまへりけるを思ふもねたしこの
1838-10 君はさすかにたつねおほす心はへのありなからうちつけにもいひかけ給はすつれなしかほなる
1838-11 しもこそいたけれよろつにつけて思はてらるれはわかき人はまして
1838-12 かくやおもひいて給ふらん我(か)ものにせんとかくにくき人を思けむこそみくるしき
1838-13 ことなへかりけれなとたた心にかかりてなかめのみせられてとてやかくてや
1838-14 とよろつによからむあらましことを思つつくるにいとかたしやむことなき
1839-01 御身のほと御もてなしみたてまつり給へらむ人は今すこしこよなさまされりいかはかり
1839-02 にてかは心をととめ給はん世の人の有さまをみ聞にをとりまさりいやしう
1839-03 あてなるしなにしたかひてかたちも心もあるへものなりけり我(か)こともをみる
1839-04 にこの君ににるへきやはある少將)この君のうちに又なきものにおもへとも
1839-05 宮にみくらへたてまつりしはいともくちおしかりしにおしはからるたう代の
1839-06 御かしつきむすめをえたてまつり給へらむ人の御めうつしにはいともいともはつかしく
1839-07 つつましかるへきものかなと思ふにすすろに心ちもあくかれにけりたひのやとり
1839-08 はつれつれにて庭の草もいふせき心ちするにいやしきあつまこゑしたる
1839-09 ものともはかりのみいていりなくさめにみるへきせんさいの花もなしうちあはれ
1839-10 ていとおそろしうあはれなりはれはれしからて明しくらすに宮のうへの御有さま思いつるにわか心ち
1839-11 に戀しかりけりあやにくたち給へりし人の御けはひもさすかに思いてられて
1839-12 なに事にかありけむいとおほくあはれけにの給しかななこりおかしかりし御うつり香
1839-13 もまたのこりたる心ちしておそろしかりしも思いてらるはは君たつやと
1839-14 いとあはれなるふみをかきておこせ給をろかならす心くるしう思あつかひ給ふ
1840-01 めるにかひなくてわつらはるることとうちなかれていかにつれつれに
1840-02 みならはぬ心ちし給ふらんしはしのひすくしたまへとある返ことにつれつれ
1840-03 はなにか心やすくてなむ
1840-04 ひたふるにうれしからまし世の中にあらぬ所と思はましかはとおさなけに
1840-05 いひたるをみるままにほろほろとうちなきてかうまとはしはふるるやうにもてなす
1840-06 ことといみしけれは
1840-07 浮世にはあらぬ所をもとめても君かさかりをみるよしもかなとなをなをしき
1840-08 事ともをいひかはしてなん心のへけるかの大將殿は例の秋ふかくなりゆく比
1840-09 ならひにしことなれはねさめねさめにものわすれせすあはれにのみおほえ給けれ
1840-10 はうちのみたうつくりはてつときき給ふに身つからおはしましたりひさしうみ
1840-11 給はさりつる山のもみちもめつらしうおほゆこほちし心殿こたみはいとはれはれしう
1840-12 つくりなしたりむかしいとことそきてひしりたち給へりしすまゐを思ひ出る
1840-13 にこの宮も戀しうおほえ給てさまかへてけるもくちおしきまてつねより
1840-14 もなかめ給ふもとありし御しつらひはいとたうとけにていまかたつかたを女しく
1841-01 こまやかになと一かたならさりしをあしろ屏風なにかのあらあらしきなとは
1841-02 かの御堂の僧坊のくにことさらになさせ給へり山里めきたるくともをことさらに
1841-03 せさせ給ていたうもことそかすいときよけにゆへゆへしくしつらはれたりやり水
1841-04 のほとりなるいはにゐたまひて
1841-05 たえはてぬし水になとかなき人のおも影をたにととめさりけん涙をのこひ
1841-06 て弁のあま君のかたにたちより給へれはいとかなしとみたてまつるにたたひそみにひそむ
1841-07 なけしにかりそめにゐたまひてすたれのつまひきあけて物かたりし
1841-08 給ふ木丁にかくろへてゐたりことのついてにかの人はさいつころ宮にとききし
1841-09 をさすかにうゐうゐしくおほえてこそをとつれよらね猶これよりつたへはて給へ
1841-10 とのたまへはひとひかのはは君のふみ侍りきいみたかふとてここかしこになん
1841-11 あくかれ給めるこのころもあやしきこいへにかくろへものし給めるも心くるしく
1841-12 すこしちかき程ならましかはそこにもわたして心やすかるへきをあらましき
1841-13 山みちにたはやすくもえ思たたてなんと侍しときこゆ人々のかくおそろしく
1841-14 すめるみちにまろこそふりかたくわけくれなにはかりの契りにかと思はあはれに
1842-01 なんとてれいのなみたくみ給へりさらはその心やすからん所にせうそこしたまへ
1842-02 身つからやはかしこにいて給はぬとの給へはおほせことをつたへ侍らんこと
1842-03 は安し今さらに京をみ侍らんことは物うくて宮にたにえまいらぬをときこゆ
1842-04 なとてかともかくも人のききつたへはこそあらめあたこのひしりたに時にしたかひ
1842-05 てはいてすやはありけるふかきちきりをやふりて人のねかひをみて給はむ
1842-06 こそたうとからめとの給へは人わたすことも侍らぬにききにくき事もこそいてまうてくれ
1842-07 とくるしけにおもひたれとなをよきおりなるをと例ならすしいてあさて
1842-08 はかり車たてまつらんその旅の所たつねをき給へゆめおこかましうひかわさす
1842-09 ましきをとほほゑみての給へはわつらはしくいかにおほす事あらんと思へ
1842-10 とあふなくあはあはしからぬ御心さまなれはをのつからわかためにも人ききなと
1842-11 はつつみ給ふらむと思てさらはうけ給はりぬちかき程にこそ御ふみなとをみせ
1842-12 させ給へかしふりはへさかしらめきて心しらひのやうに思はれ侍らんもいまさらなる
1842-13 いかたうめのかたてにやとつつましくてなんときこゆ文はやすかるへきを人のものいひ
1842-14 いとうたてある物なれは右大將はひたちの守のむすめをなんよはふなるなと
1843-01 もとりなしてんをやそのかむのぬしいとあらあらしけなるなめりとの給へはうちわらひ
1843-02 ていとおしとおもふくらうなれは出給した草のおかしき花とも紅葉なと
1843-03 おらせ給て宮に御らむせさせ給ふかひなからすおはしぬへけれとかしこまりをき
1843-04 たるさまにていたうもなれきこえ給はすそあめるうちよりいとたたのおやめきて
1843-05 入道の宮にもきこえ給へはいとやむことなき方はかきりなく思きこえ給へりこなた
1843-06 かなたとかしつききこえ給ふみやつかひによそへてむつかしきわたくしの心
1843-07 のそひたるもくるしかりけりのたまひしまたつとめてむつましくおほすけらうさふらひ
1843-08 ひとりかほしらぬうしかひつくりいててつかはすさうのものとものゐ中ひ
1843-09 たるめしいてつつつけよとの給ふかならすいつへくの給へりけれはいとつつましく
1843-10 くるしけれとうちけさうしつくろひてのりぬ野山のけしきをみるにつけ
1843-11 てもいにしへよりのふることとも思いてられてなかめ暮してなんきつきける
1843-12 いとつれつれに人めもみえぬ所なれはひきいれてかくなんまいりきたる(しるへ
1843-13 のおとこしていはせたれははつせのともにありしわか人いてきておろすあやしき
1843-14 所をなかめくらしあかすにむかしかたりしつへき人のきたれはうれしくてよひ入
1844-01 給ておやと聞えける人の御あたりの人と思にむつましきなるへしあはれに
1844-02 人しれすみたてまつりし後よりは思ひいてきこえぬおりなけれと世(の)中かはかり
1844-03 おもひ給へすてたる身にてかの宮にたにまいり侍らぬをこの大將とののあやしき
1844-04 まての給はせしかはおもふ給へおこしてなんときこゆ君もめのともめてたし
1844-05 とみをききこえてし人の御さまなれはわすれぬさまにの給ふらむもあはれなれ
1844-06 とにはかにかくおほしたはかるらんと思ひもよらすよひうちすくるほとにうち
1844-07 より人まいれりとて門しのひやかにうちたたくさにやあらんとおもへと弁のあけ
1844-08 させたれは車をそひきいるなるあやしと思ふにあま君にたいめんたまはらむ
1844-09 とてこのちかきみさうのあつかりのなのりをせさせ給へれはとくちにゐさりいて
1844-10 たり雨すこしうちそそくに風はいとひややかにふきいりていひしらすかほりくれ
1844-11 はかうなりけりとたれもたれも心ときめきしぬへき御けはひおかしけれはようい
1844-12 もなくあやしきにまたおもひあへぬほとなれは心さはきていかなる事にか
1844-13 あらんといひあへり心やすき所にて月ころのおもひあまることもきこえさせん
1844-14 とてなむといはせ給へりいかにきこゆへきことにかと君はくるしけに思てゐ給へ
1845-01 れはめのとなとみくるしかりてしかおはしましたらむをたちなからや返したてまつり
1845-02 給はんかの殿にこそかくなむとしのひてきこえめちかきほとなれはといふ
1845-03 うひうひしくなとてかさはあらんわかき御とち物きこえ給はんはふとしもしみつく
1845-04 へくもあらぬをあやしきまて心のとかにものふかうおはする君なれはよも
1845-05 人のゆるしなくてうちとけ給はしなといふほとあめややふりくれは空はいとくらし
1845-06 殿ゐ人のあやしきこゑしたる夜行うちしてかのたつみのすみのくつれいと
1845-07 あやうしこの人のみくるまいるへくはひきいれてみかとさしてよかかる人の
1845-08 みとも人こそ心はうたてあれなといひあへるもむくむくしくききならはぬ心ちし
1845-09 給ふさののわたりにいゑもあらなくになとくちすさひてさとひたるすのこの
1845-10 はしつかたにゐ給へり
1845-11 さしとむるむくらやしけきあつまやのあまりほとふる雨そそきかなとうちわらひ
1845-12 給へるをひ風いとかたはなるまてあつまのさと人もおとろきぬへしとさまかうさまに
1845-13 きこえのかれんかたなけれはみなみのひさしにおましひきつくろひ
1845-14 ていれたてまつる心やすくしもたいめしたまはぬをこれかれおしいてたりやりと
1846-01 といふものさしていささかあけたれはひたのたくみもうらめしきへたてかな
1846-02 かかるもののとにはまたゐならはすとうれへ給ていかかし給けんいり給ぬかの
1846-03 人かたのねかひものたまはてたたおほえなきもののはさまよりみしよりすすろに
1846-04 戀しきことさるへきにやあらむあやしきまてそおもひきこゆるとそかたらひ
1846-05 給ふへき人のさまいとらうたけにおほときたれはみをとりもせすいとあはれ
1846-06 とおほしけりほともなうあけぬる心ちするに鳥なとはなかておほちちかきところ
1846-07 におほとれたるこゑしていかにとかききもしらぬなのりをしてうちむれてゆく
1846-08 なとそきこゆるかやうの朝ほらけにみれはものいたたきたるもののおにのやうなる
1846-09 そかしときき給ふもかかるよもきのまろねにならひ給はぬ心ちもおかしく
1846-10 もありけりとのゐ人もかとあけて出るをとするをのをのいりてふしなとする
1846-11 を聞給て人めして車このつまによせさせ給ふかきいたきてのせたまひつたれもたれも
1846-12 あやしうあえなきことをおもひさはきて九月にもありけるをこころうのわさ
1846-13 やいかにしつることそとなけけはあま君もいといとおしく思の外なることとも
1846-14 なれとをのつからおほすやうあらんうしろめたうなおもひ給そなか月はあす
1847-01 こそせちふとききしかといひなくさむけふは十三日なりけりあま君こたみはえ
1847-02 まいらし宮のうへきこしめさむこともあるに忍て行かへり侍らんもいとうたて
1847-03 なんときこゆれとまたきこのことをきかせたてまつらんも心はつかしくおほえ
1847-04 給てそれは後にもつみさり申たまひてんかしこもしるへなくてはたつきなき所
1847-05 をとせめての給ふ人ひとりや侍へきとの給へはこの君にそひたる侍從とのりぬ
1847-06 めのとあまきみのともなりしわらはなともをくれていとあやしき心ちしてゐたり
1847-07 ちかきほとにやとおもへはう治へおはするなりけりうしなとひきかふへきこころまうけし
1847-08 給へりけりかはらすきほうさうしのわたりおはしますに夜は明はて
1847-09 ぬわかき人はいとほのかにみたてまつりてめてきこえてすすろにこひたてまつる
1847-10 に世の中のつつましさもおほえす君そいとあさましきに物もおほえてうつふしふし
1847-11 たるをいしたかきわたりはくるしきものをとていたきたまへりうすもの
1847-12 のほそなかをくるまのなかにひきへたてたれははなやかにさしいてたるあさ日かけ
1847-13 にあま君はいとはしたなくおほゆるにつけてこひめ君の御ともにこそかやうに
1847-14 てもみたてまつりつへかりしかありふれはおもひかけぬことをもみるかな
1848-01 とかなしうおほえてつつむとすれとうちひそみつつなくを侍從はいとにくく
1848-02 もののはしめにかたちことにてのりそひたるをたに思ふになそかくいやめなる
1848-03 とにくくおこにも思ふ老たるものはすすろになみたもろにあるものそとおろそかに
1848-04 うちおもふなりけり君もみる人はにくからねと空のけしきにつけてもきしかた
1848-05 の戀しさまさりて山ふかく入ままにも霧たちわたる心ちし給ふうちなかめ
1848-06 てよりゐ給へる袖のかさなりなからなかやかにいてたりけるか川きりにぬれて
1848-07 御そのくれなゐなるに御なをしのはななとのおとろおとろしううつりたるをおとしかけ
1848-08 のたかき所にみつけてひきいれたまふ
1848-09 かたみそとみるにつけては朝露の所せきまてぬるる袖哉と心にもあらすひとりこち
1848-10 給ふをききていととしほるはかりあま君の袖もなきぬらすをわかき人
1848-11 あやしうみくるしきよかなこころ行みちにいとむつかしきことそひたる心ちす
1848-12 しのひかたけなるはなすすりをきき給て我もしのひやかにうちかみていかか思ふ
1848-13 らんといとおしけれはあまたのとし比このみちをゆきかふたひかさなるをおもふ
1848-14 にそこはかとなく物あはれなるかなすこしおきあかりてこの山のいろをもみたまへ
1849-01 いとむもれたりやとしひてかきおこし給へはおかしきほとにさしかくして
1849-02 つつましけにみいたしたるまみなとはいとよく思いてらるれとおいらかにあまり
1849-03 おほときすきたるそ心もとなかめるいといたうこめいたるものからようゐの
1849-04 あさからすものし給しはやと猶行方なきかなしさはむなしき空にもみちぬへか
1849-05 めりおはしつきてあはれなきたまややとりてみ給ふらんたれによりてかくすすろに
1849-06 まとひありくものにもあらなくにとおもひつつけ給ひておりてはすこし心しらひ
1849-07 て立さり給へり女ははは君のおもひ給はむことなといとなけかしけれと
1849-08 えんなるさまに心ふかくあはれにかたらひ給ふにおもひなくさめておりぬあま君
1849-09 はことさらにおりてらうにそよするをわさとおもふへきすまひにもあらぬを
1849-10 ようゐこそあまりなれとみ給ふみさうより例の人々さはかしきまてまいりあつまる
1849-11 をんなの御たいはあま君の方よりまいるみちはしけかりつれとこの有さま
1849-12 はいとはれはれしやまのけしきもかはの色ももてはやしたるつくりさまをみいたし
1849-13 て日ころのいふせさなくさみぬる心ちすれといかにもてない給はんとするにか
1849-14 とうきてあやしうおほゆ殿は京に御文かき給ふ也あはぬ佛の御かさりなとみ給へ
1850-01 をきてけふよろしき日なりけれはいそきものしてみたり心ちのなやましき
1850-02 に物いみなりけるを思給へいててなんけふあすここにてつつしみ侍へきなとはは宮
1850-03 にもひめ宮にもきこえ給ふうちとけたる御有さま今少おかしくていりおはし
1850-04 たるもはつかしけれともてかくすへくもあらてゐ給へり女の御さうそくなと
1850-05 色々にきよくとおもひてしかさねたれと少ゐ中ひたることもうちましりてそむかし
1850-06 のいとなえはみたりし御すかたのあてになまめかしかりしのみ思いてられ
1850-07 てかみのすそのおかしけさなとはこまこまとあてなり宮の御くしのいみしくめてたき
1850-08 にもとまるましかりけりとみ給ふかつはこの人をいかにもてなしてあら
1850-09 せむとすらんたた今ものものしけにてかの宮にむかへすへんもをとききひんなかる
1850-10 へしさりとてこれかれあるつらにておほそふにましらはせんはほいなから
1850-11 むしはしここにかくしてあらんと思ふもみすはさうさうしかるへくあはれにおほえ
1850-12 給へはをろかならすかたらひくらし給ふこ宮の御ことものたまひいててむかし物かたり
1850-13 おかしうこまやかにいひたはふれ給へとたたいとつつましけにて
1850-14 ひたみちにはなちたるをさうさうしうおほすあやまりてもかう心もとなきはいと
1851-01 よしをしへつつもみてんゐ中ひたるされこころもてつけてしなしなしからすはやりかなら
1851-02 ましはしもかたしろふようならましと思ひなをし給ふここにありける
1851-03 きむさうのことめしいててかかることはたましてえせしかしとくちおしけれ
1851-04 はひとりしらへて宮うせ給て後ここにてかかるものにいと久しうてふれさりつ
1851-05 かしとめつらしく我なからおほえていとなつかしくまさくりつつなかめ給ふに
1851-06 月さし出ぬ宮の御琴のねのおとろおとろしくはあらていとおかしくあはれにひき
1851-07 給しはやとおほしいててむかしたれもたれもおはせしよにここにおもひいてたまへ
1851-08 らましかは今すこしあはれはまさりなましみこの御有さまはよその人たにあはれに
1851-09 戀しくこそ思ひいてられ給へなとてさる所には年比へたまひしそとの給へ
1851-10 はいとはつかしくてしろきあふきをまさくりつつそひふしたるかたはらめいと
1851-11 くまなうしろうてなまめいたるひたいかみのひまなといとよく思ひいてられて
1851-12 あはれなりまいてかやうのことつきなからすをしへなさはやとおほしてこれ
1851-13 はすこしほのめかい給たりやあはれ我(か)つまといふことはさりともてならし給けん
1851-14 なととひ給ふそのやまとことはたにつきなくならひにけれはましてこれはと
1852-01 いふいとかたはに心をくれたりとはみえすここにをきてえ思ふままにもこさら
1852-02 むことをおほすか今よりくるしきはなのめにはおほさぬなるへしことはおしやり
1852-03 て楚王のたいのうへの夜の琴の聲とすんし給へるもかのゆみをのみひくあたり
1852-04 にならひていとめてたく思ふやうなりと侍從もききゐたりけりさるはあふき
1852-05 の色も心をきつへきねやのいにしへをはしらねはひとへにめてきこゆるそをくれ
1852-06 たるなめるかしことこそあれあやしくもいひつるかなとおほすあま君の方より
1852-07 くた物まいれり箱のふたに紅葉つたなとおりしきてゆへゆへなからすとりませ
1852-08 てしきたるかみにふつつかにかきたるものくまなき月にふとみゆれはめととめ
1852-09 給ふほとにくたものいそきにそみえける
1852-10 やとり木は色かはりぬる秋なれとむかしおほえてすめる月かなとふるめかしく
1852-11 かきたるをはつかしくもあはれにもおほされて
1852-12 里の名もむかしなからにみし人のおもかはりせねやの月影わさと返りこと
1852-13 とはなくてのたまふ侍從なむつたへけるとそ


前田侯爵家蔵 傳津守國冬・慈寛各筆 目次へ戻る

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