家へ帰ってきた男は、夕飯を食べる元気もなく、ぼんやりとじーっと
すわったままだった。娘はお父さんの様子を見て変だと思い、そのわけ
をたずねた。お父さんは昼のできごとをすっかりはなした。それを聞い
た娘は、
「お父さん、私にいい考えがあるから心配しないで下さい。」
と言った。
でも娘にいい考えがあるはずもなかった。娘は何とかお父さ
んを安心させようと、つい、そう言ってしまったのだ。
お父さんは不安そうな顔をして
「あんたを餌食にするより、私が餌食になる方がよい。」
と娘に言った。
そして、いよいよ10日目になった。いい考えが思いつかないまま、娘
は、もう、自分が餌食になるしかないと思っていた。そして、今まで、
かわいがって飼っていた蟹に
「私は今日、蛇の餌食にならなければならない。今日でお別れだね。」
と悲しそうに娘は言った。
そして、娘は、いよいよ蛇の餌食になる決心をして、きれいな着物に
着替え、目をとじて座敷にすわっていた。
すると、蛇は男の姿に変わって、約束の時間にやって来た。
「私がお父さんの代わりに餌食になります。」
と娘が言うと、男に化けたその蛇は
「そうか、若い娘ならなおよい。」
と答えた。
そして、いきなり大きな口をあけて娘をひとのみにしようとした。す
ると、娘のひざもとに隠れていた蟹が、蛇の目をめがけて、はさみをお
もいきりふりおろした。
蛇はびっくりして逃げようとすると、蟹は蛇を追っかけて、両方のは
さみで蛇をひきずりまわし、とうとう、この蛇を退治してしまった。
蟹に命を助けられた娘は、いつまでもこの蟹をかわいがりいっしょに
くらしたということです。
話者:嘉数タマ(明治44年生)本部町字新里
再話:長崎洋子