< もみぢ >
出現する巻と本文(新日本古典文学大系 源氏物語;岩波書店)
「帚木」 P50-07
はかなき花紅葉と言ふも、おりふしの色あひつきなくはかはかしからぬは露のはえなく消えぬるわざなり、さあるによりかたき世とは定めかねたるぞや」と言ひはやし給ふ。
「帚木」 P51-10
菊いとおもしろく移ろひわたり、風にきほへる紅葉の乱れな ど、あはれとげに見えたり。
「夕顔」 P140-05
 夕暮の静かなるに、空のけしきいとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるやうにおもしろきを見渡して、心よりほかにおかしきまじらいかなと、かの夕顔の宿りを思出づるもはづかし。
「紅葉賀」 P241-07
試みの日かく尽くしつれば、紅葉の陰やさうさうしくと思へど、見せたてまつらんの心にて、よふいせさせつる」など聞こえたまふ。
「紅葉賀」 P242-14
小高き紅葉の陰に、四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたるものの音どもにあひたる松風、まことの深山をろしと聞こえて吹まよひ、色色に散りかふ木の葉の中より、青がひ波のかかやき出でたるさま、いとおそろしきまで見ゆ。
「紅葉賀」 P243-01
かざしの紅葉いたう散りすぎて、顔のにほひにけおされたる心ちすれば、御前なる菊を折て左大将さしかへ給。
「賢木」 P366-10
紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見給て、ふるさとも忘れぬべくおぼさる。
「賢木」 P366-12
所からに、いとと世中の常なさをおぼし明かしても、なをうき人しもぞ、とおぼし出でらるるおし明け方の月影に、ほうしばらの閼伽たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊の花、濃き薄き紅葉など、おり散らしたるもはかなげなれど、この方の営みは、この世もつれつれならず、後の世はた頼もしげなり。
「賢木」 P370-07  山づとに持たせ給へりし紅葉、御前のに御覧じくらぶれば、ことに染めましける露の心も見過ぐしがたう、おぼつかなさも人わるきまでおぼえ給へば、たた大方にて宮にまいらせ給。
「賢木」 P370-13
紅葉は、ひとり見侍に、錦くらう思たまふればなむ。
「関屋」 P160-04
九月つごもりなれば、紅葉の色色こきまぜ、霜枯れの草むらむらおかしう見えわたるに、関屋よりさとくづれ出でたる旅姿どもの、色色の襖のつきつきしきぬいもの、括り染めのさまもさる方におかしう見ゆ。
「少女」 P289-13
冠者の君、ひとつにて生ひ出で給しかど、をのをのとおにあまり給てのちは、御方異にて、「むつましき人なれど、おのこ子にはうちとくまじき者なり」と、父おとゞ聞こえ給て、けどをくなりにたるを、おさな心ちに思ふことなきにしもあらねば、はかなき花紅葉につけても、雛遊びの追従をも、ねんごろにまつはれありきて、心ざしを見えきこえ給へば、いみじう思ひかはして、けざやかにはいまもはぢきこえたまはず。
「少女」 P323-09
中宮の御町をば、もとの山に、紅葉の色濃かるべき植へ木どもをそへて、泉の水とをくすまし、遣水のをとまさるべき巌たて加へ、滝落として、秋の野をはるかに造りたる、そのころにあひて、盛りに咲き乱れたり。
「少女」 P325-07
なが月になれば、紅葉むらむら色づきて、宮の御前えも言はずおもしろし。  風うち吹たる夕暮れに、御箱の蓋に、いろいろの花紅葉をこきまぜて、こなたにたてまつらせ給へり。
「少女」 P325-14
心から春まつそのはわがやどの紅葉を風のつてにだに見よ
「少女」 P326-02
風に散る紅葉はかろし春の色を岩根の松にかけてこそ見め
「少女」 P326-05
この紅葉の御消息、いとねたげなめり。
「胡蝶」  P405-10
宮、かの紅葉の御返りなりけりと、ほお笑みて御覧ず。
「藤裏葉」  P194-08
古人どものまかで散らず、曹司曹司にさぶらひけるなど、まう上り集まりて、いとうれし、と思ひあへり。おとこ君、
  なれこそは岩もるあるじ見し人のゆくゑは知るや宿の真清水
女君、
  なき人のかげだに見えずつれなくて心をやれるいさらゐの水
などの給ほどに、おとゞ、内よりまかで給けるを、紅葉の色におどろかされて渡り給へり。
「藤裏葉」  P195-13
紅葉の盛りにて、けふあ るべきたびの行楽なるに、朱雀院にも御消息ありて、院さへ渡りおはしますべければ、世にめづらしく有難きことにて、世人も心をおどろかす。
「藤裏葉」  P196-08
山の紅葉いづ方も劣らねど、西の御前は心ことなるを、中の廊の壁をくづし、中門をひらきて、霧の隔てなくて御覧ぜさせ給ふ。
「藤裏葉」  P197-03
朱雀院の紅葉の賀、例の古事おぼし出でらる。
「藤裏葉」  P197-14
夕風の吹き敷く紅葉の色〃濃き薄き、錦を敷きたる渡殿の上見えまがふ庭の面に、かたちをかしき童べの、やむごとなき家の子どもなどにて、青き赤き白橡、蘇芳、ゑび染など、常のごと、例のみづらに、ひたい斗のけしきを見せて、みじかき物どもをほのかに舞ひつゝ、紅葉の陰にかへり入るほど、日の暮るゝもいとおしげなり。
「藤裏葉」  P198-07
秋をへて時雨ふりぬる里人もかゝる紅葉のをりをこそ見ね
「若菜上」  P261-14
御堂のさまおもしろく言はむ方なく、紅葉の陰分け行野辺のほどよりはじめて見物なるに、かたへはきほひ集まり給なるべし。
「若菜上」  P263-04
万歳楽、皇ジヤウなど舞いて、日暮れかゝるほどに、高麗の乱声して、落蹲舞い出でたるほど、猶常の目馴れぬ舞のさまなれば、舞ひはつる程に、権中納言、衛門督下りて、入綾をほのかに舞ひて、紅葉の陰に入ぬるなごり、飽かずけうありと人々おぼしたり。
「若菜下」  P323-10
十月中の十日なれば、神の斎垣に這ふ葛も色変はりて、松の下紅葉などをとにのみも秋を聞かぬ顔なり。
「橋姫」  P300-13
おりおりにつけたる花紅葉の色をも香をも、おなじ心に見はやし給ひしにこそ、慰むことも多かりけれ、いとゞしくさびしく、寄りつかむ方なきまゝに、持仏の御飾り、ばかりをわざとせさせ給て、明け暮れ行ひ給。
「椎本」  P350-03
三宮いとゆかしうおぼいたる物をと、心のうちには思出でつつ、我心ながら、なを人には異なりかし、さばかり御心もてゆるひ給ことの、さしもいそがれぬよ、もて離れて、はたあるまじきこととは、さすがにおぼえず、かやうにて物をも聞こえかはし、おりふしの花紅葉につけて、あはれをもなさけをも通はすに、にくからず物し給あたりなれば、宿世異にて、ほかざまにもなり給はむは、さすがに口おし かるべう両じたる心ちしけり。
「椎本」  P350-11
兵部卿の宮も、この秋のほどに紅葉見におはしまさむと、さるべきついでをおぼしめぐ らす。御文は絶えずたてまつり給。
「総角」  P408-05
秋のけしきも知らず顔に、青き枝の、かたえいと濃くもみぢたるを、 おなじ枝を分きて染めける山姫にいづれか深き色ととはばや さばかりうらみつるけしきも、言少なにことそぎて、をしつゝみ給へるを、そこはかとなくもてなしてやみなむとなめりと見給も、心さはぎて見る。
「総角」  P433-02
十月一日ごろ、網代もおかしきほどならむと、そゝのかしきこえ給て、紅葉御覧ずべく申給ふ。
「総角」  P433-11
御簾かけかへ、こゝかしこかき払ひ、岩隠れに積れる紅葉の朽葉すこしはるけ、遣水の水草払はせなどぞし給。
「総角」  P434-06
紅葉を薄く濃くかぎして、海仙楽といふ物を吹きて、をのをの心ゆきたるけしきなるに、宮は、あふみの海の心ちして、をちかた人のうらみいかにとのみ御心そらなり。
「総角」  P436-11
桜こそ思しらすれ咲きにほふ花も紅葉もつねならぬ世を
「総角」  P436-13
いづこより秋は行けむ山里の紅葉のかげは過ぎうきものを
「宿木」  P034-04
ただいと事うるはしげなるあたりに取り込められて、心やすくならひ給へるありさまの所せからん事を、なま苦しくおぼすにものうきなれど、げにこのおとどにあまり怨ぜられはてんもあいなからんなど、やうやうおぼしよはりにたるべし、あだなる御心なれば、かの按察使の大納言の紅梅の御方をも猶おぼし絶えず、花紅葉につけてものの給ひわたりつつ、いづれをもゆかしくはおぼしけり。
「宿木」  P089-14
故姫君の御事ども、はた尽きせず、年此の御ありさまなど語りて、何のおり何との給し、花紅葉の色を見ても、はかなくよみ給ける歌語りなどを、つきなからず、うちわなゝきたれど、こめかしく言少ななるものから、おかしかりける人の御心ばえかなとのみ、いとゞ聞きそへ給。
「東屋」  P172-05
久しう見給はざりつるに、山の紅葉もめづらしうおぼゆ。
「東屋」  P174-12
下草のおかしき花ども、紅葉などおらせ給て、宮に御覧ぜさせ給ふ。
「東屋」  P184-06
箱の蓋に、紅葉、蔦などおりしきて、ゆへゆへしからず取りまぜて、敷きたる紙に、ふつつかに書きたるもの、隈なき月にふと見ゆれば、目とどめ給ふほどに、くだもの急ぎにぞ見えける。
「蜻蛉」  P310-12
 涼しくなりぬとて、宮、内にまいらせ給なんとすれば、秋の盛り、紅葉のころを見ざらんこそなど、若き人々はくちおしがりて、みなまいりつどひたるころなり。
「手習」  P373-13
かひなきことも言はむとて物したりけるを、紅葉のいとおもしろく、ほかの紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞ物あはれなりける。
「手習」  P374-01
暇ありて、つれんづれなる心ちし侍に、紅葉もいかにと思給へてなむ。

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