II 源典侍物語、現在迄の一般的解釈の概観(脚注1)

1.物語A

 この頃、宮廷では容色のすぐれた女性が好まれ、美人の女房達も多かった。しかし源氏は不思議なほど彼女達を相手にせず、女房達の中には、それを物足らぬと思う者さえいた。
 その中に、かなり年をとった典侍で、いい家柄で才もあるのに随分と好色な女がいた。源氏はなぜこう年がいっても浮気がやめられないのであろうと不思議な気がしてある時、からかい半分に声をかけてみた。すると女は、不似合だとも思わないのか返事をしてくる。源氏は、あきれて適当にあしらっていた。が、風変わりな気がして、つい関係を作ってしまった。
 ある時、大層若作りにきれいな着物を着ていたので裳の裾をひっぱると、扇で顔をかくしながら色っぽい流し目をして見せるが、瞼は、黒ずみ、髪の毛がはみだしているのである。こんな所を人に見られねば良いが、と思っている源氏の気持ちなどお構いなしに、女は、色気たっぷりの表情で「あなたがいらっしゃれば歓待しましょう。盛りを過ぎた私ですが・・・・」などと歌をいいかける。しかたなく返歌したりしている所を、ちょうどお召し替えが済まれた帝がご覧になってしまわれた。帝はおかしくなって、「お前達が、まじめ過ぎると困っていた源氏もそうでは、なかったようだね」とおっしゃるが、典侍は言い訳もしなかった。
 このことを頭中将が聞きつけて、源氏の隠し事は大抵知っているつもりでいたが、そこまでは気がつかなったとばかり、自分も好奇心を起こして、うまく典侍の情人の一人となってしまった。
 ある時、この典侍が大層ものあわれに琵琶を弾いている。源氏は、その思い乱れた様子についほだされて中へはいった。
 それを、頭中将が見つけた。どうかして源氏の恋を見つけて、いつも源氏に注意されている仕返しをしようと思っていたところだったから、大喜びである。源氏らが、寝入ったかと思われる頃、そっと室内に入った。自嘲的な思いに眠りになど入れなかった源氏は、直衣だけをさげて屏風の後ろへ入った。
 中将はおかしいのをこらえてわざと騒ぐ。典侍は、前にも情人のかち合いに困ったことがあって、あわてながらも、どうなることかと心配で、座って震えていた。
 源氏は、なんとかして自分であるとわからぬ様にしようとし、中将もだれかわからせずおどそうとする。そのうち、中将が、太刀を引き抜くと、女は驚いて、「あなた、あなた」と中将を拝むのである。平生相当若作りの典侍も、年は、五十七八、二十代の若い公達の間に入って、ただおろおろしている姿は何ともいえないものであった。
 源氏は、男が中将であるとわかると、おかしくなったが、お互いに負けまいとするうちに、源氏の直衣の袖がちぎれたり、中将の帯が引っ張られたりで、散々の姿になり、二人とも笑いながらそこを出たのであった。
 翌朝、落ちていた指貫、帯などが内侍より送られて来た。帯は中将のであった。又どうしてとられたのか、直衣の袖が中将のところより送られて来た。この帯がなかったら自分の負けになるところであったと源氏はうれしかった。
 その後、二人で秘密にしようといいあったが、何かあると中将はその事を持ち出して源氏を苦笑いさせるのであった。

2.物語B

 今日も町には隙間なく車が出ていた。源氏の車が、良い場所をとれずに困っていると、ある女車から、場所を譲りましょうという言伝てがあった。どんな風流女のすることだろうと問うてみると、扇に「はかなしや・・・」(あふひという名をたのんで、他人の者となったあなたを今日まで待っておりましたよ)とある。その筆跡は、あの内侍のものであった。
 相変わらず年がいもなく若返りたいのであるなと源氏はあきれ、いささか憎らしくなったので「かざしける・・・・」(誰にでも逢うあなたですから、そんなあなたに逢った私まで浮気者の様な気がしていやですよ)と返した。女は、「くやしくも・・・」(まあくやしい、草葉のあふひなどを空頼みに今日まで待ってしまったなんて)と、女連れとわかる車の源氏にさえ遠慮せず、返歌するのであった。

3.物語C

 源氏が、今迄経験したこともない御手持ちぶさたのもの足らなさを気の毒がり、慰めようとして、三位中将は始終訪れて世間話をするのだった。好色めかしい話も交じえながら、笑い出す話になるとあの内侍が引きあいに出されるのであった。
 源氏は、「困った人ですね、お祖母様をそんなにばかにしてはいけませんよ。」と注意はするものの、自身もおかしいと思うのであった。
 あの十六夜のときのことや、その他、それぞれの情事などを話しているうちに、最後は人生のはかなさを言い合って、泣いたりするのであった。

4.物語D

 女五の宮が、鼾をかきながら寝入ってしまわれたので、源氏は、喜んで、そこを出ようとすると、又一人、年よりらしい咳をしながら来る人がいる。「院の陛下が、お祖母様と、お笑いなさった者ですよ。」と名乗り出て来るので、源氏は思い出した。そして、源内侍の介が尼になって五の宮に仕えていると、聞いては、いたが、今迄生きているとは知らなかったと、大いに驚いた。
 源氏が、「本当に懐かしい御声です。『親なしに臥せる旅人』と思って下さい。」と御簾のほうへ寄る気配に、典侍はいっそう昔がかえってきた様な気がして、今も好色女らしく、歯の少なくなった曲った口もとも想像される声で、それでもなお源氏に甘えかかろうとして、「とうとうこんなになってしまったじゃありませんか。」などという。今急に老いた様なことをいうものだと源氏はおかしかった。一方で、入道の宮などが早く亡くなられ、はかなく見えたこの人が長生きして仏勤めを行っているなんて、やはり不定の世の中であるなあと物思いにふけっていると、女は、自分の魅力を思いだしてくれたと嬉しくなって、「年ふれど・・・」(親の親といって下さったあの一言が忘れられません。)というのである。いやになった源氏は、「身をかへて・・・」(この世で、親を忘れる子がいるでしょうか、強いきずなですとも・・・)と言って、立ち去ったのであった。