4.物語D
女五の宮が、鼾をかきながら寝入ってしまわれたので、源氏は、喜んで、そこを出ようとすると、又一人、年よりらしい咳をしながら来る人がいる。「院の陛下が、お祖母様と、お笑いなさった者ですよ。」と名乗り出て来るので、源氏は思い出した。そして、源内侍の介が尼になって五の宮に仕えていると、聞いては、いたが、今迄生きているとは知らなかったと、大いに驚いた。
源氏が、「本当に懐かしい御声です。『親なしに臥せる旅人』と思って下さい。」と御簾のほうへ寄る気配に、典侍はいっそう昔がかえってきた様な気がして、今も好色女らしく、歯の少なくなった曲った口もとも想像される声で、それでもなお源氏に甘えかかろうとして、「とうとうこんなになってしまったじゃありませんか。」などという。今急に老いた様なことをいうものだと源氏はおかしかった。一方で、入道の宮などが早く亡くなられ、はかなく見えたこの人が長生きして仏勤めを行っているなんて、やはり不定の世の中であるなあと物思いにふけっていると、女は、自分の魅力を思いだしてくれたと嬉しくなって、「年ふれど・・・」(親の親といって下さったあの一言が忘れられません。)というのである。いやになった源氏は、「身をかへて・・・」(この世で、親を忘れる子がいるでしょうか、強いきずなですとも・・・)と言って、立ち去ったのであった。