III 源典侍物語の再検討

1 源典侍の名称の検討・物語Cの重要性

 物語中で源典侍は如何なる名称で呼ばれているであろうか。本文中より源典侍を指すと思われる固有名詞及び代名詞を全て列挙してみると(表1)の如くになる。 物語Cが、後人の挿入であるとする、青柳・武田両氏の説を、この表をもとに考察してみよう。

表1 源典侍の名称       
物語の仮称 巻名 ページ − 行 名 称 の 記 述
源典侍物語
紅葉賀一三三八六 −  八
三八六 − 一四
三八七 −  一
三八七 − 一二
三八八 −  七
年いたう老いたる典侍
女は、いとつらしと思へり
この内侍常よりも清げに
女はさも思ひたらず
内侍は、なま眩けれど
一四 三八九 −  二
三九〇 − 一四
三九一 −  六
この内侍、琵琶をいとをかしう
内侍は、ねびたれど
太刀を引き抜けば、女、「あが君、あが君」
一五 三九二 −  九 内侍は、あさましく覚えければ
一六 三九四 −  四 女は、なほいとえんにうらみかくるを
物語
一五 二五 −  二
二五 −  五
思し出づれば、かの内侍のすけなりけり
女は、つらしと思ひ聞えけり
物語
四〇 四四 −  三
四四 −  四
かの内侍ぞうち笑ひ給ふくさはひには
「祖母殿の上、ないたう軽め給ひそ」
物語
朝顔 一一 二九 −  七
二九 −  八
「院の上は、祖母殿と笑はせ給ひし」
源内侍のすけといひし人は、尼になりて

 まず、物語Aに於ては女主人公は、内侍、内侍のすけ、女と呼ばれているだけで源典侍とは一切書かれていない。物語Bに於ても内侍のすけと呼ばれるのみで、源典侍の名は一度も出てこない。すなわち物語A.Bでは、女主人公が年いたう老いたる内侍ということで、この内侍が源典侍であるとは述べられていないのである。
 物語Dに於ては、祖母おとど、源内侍のすけであり、ここで初めて源内侍という固有名詞が使われているのであるが、源内侍のすけが年いたう老いたる内侍であることは一切述べられていない。ところが、物語Cに於て、内侍と、祖母おとどの上とが同一人物であることが示され物語A.Bに於ける内侍が、祖母おとどなる愛称を介して物語Dの源内侍と同一人物であることが示されるのである。これを表にすると次の様になる。(表2)

表2 源典侍の名称の違い
          物   語
名 称
内 侍 年いたう老いたる典侍  かの内侍  かの内侍   
おばおとど
祖母殿
    祖母殿の上  祖母殿
源内侍       源内侍 

 物語A.B.Dからは、祖母おとどは、年をとっている点で、年いたう老いたる内侍と同一人物かもしれないと推論はされるが断定することはできない。とすれば物語Cは、源典侍物語の一団を接続する要となる挿話なのである。もし物語Cが存在しなかったと仮定すると、物語Aに登場する好色の年いたう老いたる内侍のすけは、一義的に祖母おとどの愛称で呼ばれる源内侍と同一人物であるとはいえないことになる、とすると現在行われている源典侍物語の一般的解釈は、年いたう老いたる内侍と、祖母おとどとを理不尽に結びつけた解釈をしていることとなってしまう。このように物語Cが、他作者による後人の挿入であると言う事は源典侍物語の根本を揺さぶる意味を持つのである。安易に他作者の挿入とするのではなく、物語Cも紫式部が何等かの意図を持って執筆したと考え詳細に検討する必要があるのである。

2 各源典侍物語の前後に於ける接続関係

 物語が順次作成されたとすると、話の内容は、滑らかに展開していくのが普通であり、たとえ唐突に挿話的に展開したとしても、それ以後に於て、挿話の必要性が、読者に充分納得させられる筋の展開となり、その唐突性は、だんだんと解消されるべき筋合いのものである。しかしながら、既に書かれてしまった後に後期挿入という形で書き加えた場合には、その唐突性は、完全には払拭しきれないし物語全体として矛盾や不整合が生じるのである。挿話と、後期挿入とは厳然として区別されるべきで、決して曖昧にしてはならない。この様な意味から、物語A.B.C.D.の唐突性を検討してみることが重要なのである。

 一) 物語Aの異質性については、既に諸氏述べている。たとえば、池田亀鑑氏(5) は、「源典侍に関する物語は、長編の主流から離れ、異質的なものを感じさせる。」
 又、阿部秋生氏(6) は、(1)頭中将という人物に対する作者の扱い方、(2)源氏の容姿についての叙述、(3)登場人物、に着目し、更に具体的にその異質性を解明した。
 池田亀鑑氏(7) も、この物語は、紅葉賀巻の総行数の31%の文章量を占め、本文の約2/3 を過ぎるところから突如として新規の話が展開されてゆく。そして、本筋である藤壷の宮の物語には何の触れあう関係も持っていないばかりでなく、むしろ異質的な内容の話であるとする。この後、再び本筋にかえり、わずか21行で、紅葉賀の巻は終わるのである。つまり物語Aは、紅葉賀の巻の他の節と筋の移行すら見えないばかりでなく、すでに指摘されているとおり、その物語の内部構造そのものが、完璧と称すべきみごとさで、それ自体がきわめて高い完成度を示し、かつ、それ自体の完結性を有している。それに加えて、源典侍は、それ以後物語の主流に膨張し大きく定位することはなく、したがって光源氏の人生史になんの影響をも与えることのない人物である。(8) とすると、若紫グループに割り込んだ帚木グループの物語のように、又、紫上系物語に割り込んだ玉鬘系物語の様に後期挿入と考えても差し支えないのである。

 二) 物語Bは、それ自体としてはあまり検討されていないが、前後の調子が乱れるとか、独自の興味を盛られたまとまりを持った挿話となっているとかは指摘されている。具体的に考えて見ると、葵の巻〔十四〕〔十五〕では(1)源氏は祭りの主催者、主賓側から観客、ワキ役的立場に変化しており、この様な立場で描かれることは源氏物語中にその例を見ない、(2)その前後で、葵上と車争いをした御息所の物語が続きこれがこの巻の本筋と考えられるものであるが、その展開に何の影響も及ぼしていない。これらの点から、物語Bも物語Aと同様に異質である。

 三) 物語Cは、序で述べたごとく、青柳氏も武田氏も後人の挿入とするほど異質である。具体的に考えても、(1)葵の上の死に対する源氏の悲嘆を中心に筆を運んでいる、その中に忽然として源典侍や末摘花関係の話として飛び込んで来る。(2)二人が対談していたにもかかわらず、続く葵〔四十一〕で中将の君が再び対談に訪れ、重複している。(3)ここでは「ならはぬ御つれづれを、心ぐるしがり給ひて・・・」となっているにもかかわらず、葵〔三十七〕で「行ひをまめにしつつ・・・」、葵〔四十一〕で「時雨うちして、物あはれなる」との心境で、前後の辻褄が合わない。(4)女性問題についても、あからさまに色事に関する話題を取り上げながら、葵〔三十七〕「二条の院にだに、あからさまにも渡り給わず・・・」又、葵〔四十三〕で葵上付中納言などに手も出さない。喪中であるがゆえに色事を遠ざけており、やはり辻褄があわない。物語Cも物語Aと同様に異質である。

 四) 物語Dは、物語A,B,Cと異なり、前後関係で異質性を見い出し難い。(1)朝顔の巻では、舞台は朝顔の姫君の住んでいる桃園の宮であり、源氏は女五の宮を見舞うという名目で、彼女を訪問した(朝顔〔十〕)。(2)その名目で訪れた以上、女五の宮と会って昔話をせざるを得ないが、途中でいびきをかいたので、源氏は喜びながら、そっと抜け出そうとした。 (3)そこに、また老女らしい人が近寄ってきた。その人は、昔会った源内侍のすけで、祖母おとどであった。 (4)老人とばかり話しているのは、うとましくて、昔話もそこそこに、姫君に逢いたい一心で立ち去った〔十一〕。(5)「ありつる老いらくの心げさうも、よからぬものの世のたとひとか聞きし」と源内侍のことを思い出しておかしく思うかたわら、源氏訪問を喜ばない朝顔の姫君に対して、熱心に心情を告白するのであった(朝顔〔十二)〕。
 筋の展開としては、〔十〕〔十一〕〔十二〕と切れずに連絡している。物語Dは、物語A,B,Cとは区別され後期挿入の可能性としての異質性は認め難いのである。異質性がないという点で、執筆順序を考えた場合、源典侍物語の中で物語Dが最初に書かれた可能性が生じてくる。しかしながら、物語A,B,C,Dの中の登場人物に、前に書かれてある物語の内容や体験が表現されているか否かを検討しなければ、結論は出しかねる。

3 源典侍物語内での物語Dの独立性

 源氏物語が現在の巻序通りに執筆されたとしても、青柳、武田両説に従うとしても、物語Dは、一番最後に執筆されたのであるから、物語A.B.Cの内容を、暗示したり、読者に推測されたりする文章をもつ筈である。しかしながら、物語Dが最初に書かれた可能性があるとすればこの暗示なり、推測を安易に物語A.B.Cを受けているとすることは避けなければならない。物語Dに、曖昧な述語が使用されている場合、読者は、物語A.B.Cの内容を記憶していて、無理に辻褄を合わせた解釈をしてしまうので、はっきりと叙述してある場合以外は、逆に、曖昧さが残れば残る程、物語A.B.Cを前提にしているとの解釈を捨て字句本来の意味に返り、再検討する事が大切である。(9) (21P主語と述語についての考察参照)

 1) 源氏と祖母おとどとの肉体関係の有無
 物語A.B.Cに登場する老いたる内侍は、源氏と肉体関係を結んでいると考えられる。物語Dに登場する源氏や祖母おとどにその経験の記憶が薄れたとしても、情事の体験を共有していなければならない。それ故通常は肉体関係を前提として、物語Dを解釈する。しかし、物語Dが先に書かれた可能性があるとすると、この肉体関係を、前提とすることはできない。物語Dの内部だけで肉体関係が過去にあったか否かを見定めなければならない。もし肉体関係が否定されれば、物語Dは、物語Aに対して独立性を保つ。登場人物の過去の記憶に肉体関係が存在せずに、それ以前(物語A)で肉体関係を有したというようなことは、記憶喪失症以外には、起き得ないのである。結論から先に述べると、二人の間には、肉体関係があったとは考えられないのである。肉体関係が、なかったとする理由として

イ)「名のり出づるにぞおぼし出づる」のは「祖母おとど」であって、「かの内侍のすけ」ではない。又、肉体関係があった人に、「源内侍のすけといひし人」とは他人行儀すぎる。

ロ)「その世の事」を「遥かに思ひ出づる」きっかけとなった「うれしき御声かな」とか、「親なしに臥せる旅人」の私を「はぐくみ給へかし」などとも言い難い。特に、物語Aの経験があればある程。さらに「その世の事」とは源氏の幼少の頃の事であって情事であると断定できない。

ハ) 源氏にとって不快な肉体関係であったのだから、祖母おとどが、「いましも来たる老いのやうに」、言うのに、「ほほゑ」むことは不可能である。逆に肉親関係としての「おばあちゃん」に近い親しみが感じられる。

ニ) 寿命が少ないと思われた祖母おとどが今も生きているなんてと藤壷の短命と比較して、定めなき世なりと、思う源氏に、枯れた感じが強く、遠く隔てたとはいえ、祖母おとどとの生の肉体関係を思わすものはない。

ホ) この様な源氏の心の動揺を、祖母おとどは、親に会えたが如く源氏が、想っていると感違いして「心ときめき」し、(その頃のことを思い出して)彼女は若やぐのであって、決して肉体関係があるとは考えられない。

ヘ)「年ふれど、この契りこそ忘られぬ親の親とかいひし一こと」の和歌も、「年をとっても、忘れることができません。源氏の君が、親にもたとえ、はぐくみ給へかしと、述べて下さいましたこの一言の御縁に、」という意味であり、これ又、親子の情に近いものである。

ト) この和歌を聞いて、「うとましくて」と思うのは、社交辞令の通じぬ老人特有のしつこさで、やっと老女五の宮から逃れて喜びながら朝顔の姫君のところに立ち出でたのに、この様に時間を費やされてしまうからである。物語Aの肉体関係後の不快な騒動を前提とする必要はない。

チ)「この世にて親を忘るる例ありやと」「たのもしき契りぞや」など、当り前のことではありませんかとぶっきらぼうな調子で話し、今みたいに、「舌つきにて、うちざれて」でなく、「のどかにぞ」お話しする時の様ですね、とほどほどに言って朝顔の姫君のほうへ行ってしまったのである。

 以上の如く、物語Dは、従来の解釈に反して、肉体関係を積極的に思わすくだりはなく、祖母おとどとの再会と読めるのである。気のはやる源氏にとっては、不幸にも、朝顔の姫君に逢いたいばかりに、うれしいものではなく、却ってうとましいとさえ感じられる再会となってしまったことが上手に描写されているのである。

 2) 好色茶番劇(物語A)暗示の不在
 物語Aでの茶番劇を経験した源氏には、その時の記憶として、相手役である頭の中将、騒動で使われた太刀、ちぎれた直衣の袖と誤って送られてきた帯、などは、忘れようとしても忘れられずに色濃く残っているはずである。又、それを思い出せば当然、琵琶を弾いている源典侍にほだされたことや、太刀を振るって突然頭の中将が闖入したのに驚いて「あなた、あなた」と声をあげた源典侍の姿や翌朝のやりとりなどが、次々と思い出されて来るであろう。実際物語Bにおいて、和歌の「手を、思し出づれば、かの内侍のすけなり」と筆跡からすぐあの内侍かと思い出され「今めくかな」とか「はしたなう」とかの感情が走る。内侍も返歌に「八十氏になべてあふ」といや味を言われ、「はずかし」いと思うなど、好色茶番劇の経験が二人の間には残っている。 物語Cにおいても、「例のみだりがはしき事」として「かの内侍ぞうち笑ひ給ふくさはひ」にされるごとく、好色茶番劇が、頭の中将との間でも具体的な事柄を述べずに暗示するだけでも通じる如く、二人の間には強い印象を持つものと理解される。
 すなわち、好色茶番劇は、源氏、源典侍、頭の中将の間では、忘れられない経験として色濃く残っており、情事の露呈が策略により行われたのであるから、十年〜二十年もの年月を経ても風化する性質のものではないはずである。にもかかわらず、物語Dにおいては、祖母おとどに逢って「尼になって、この宮の弟子」となっていたっけ、とか、「その世の事は、みな、昔語りになりゆく」とかで、茶番劇のことは、思い出されず、源典侍の「さかりに」思い出されるのは、帝の寵愛を「いどみ給ひし女御・更衣」のことで、すでに亡くなっている人々のことである。
 さらに、追加すれば、物語Bの祭での車場所ゆづりのことも、和歌のやり取りについても物語Dには暗示すらされていない。物語Cでの頭の中将と思い出話のことも、やはり暗示すらされていないのでる。以上の如く、物語B・Cは物語Aの好色茶番劇を暗示として充分有しているにもかかわらず、物語Dに於ては、物語Aの茶番劇は、全く暗示されていないし、物語B・Cも暗示されていないのである。