[文献情報のデータベースとその利用に関する研究会報告資料 '95/3/10]

「源氏物語語彙用例総索引」(自立語編)について

                              上田英代 村上征勝 今西祐一郎
                              樺島忠夫 上田裕一

  1. はじめに
     昭和40年代までに、日本の古典文学作品の殆どについて単語の総索引が作成された。膨大なカードをつくり、一語一語五十音順に並べ、更に出現順に並べてゆく根気のいる作業であった。良い底本を選んで本文の校訂と同時に作成された総索引もあった。こうした索引の多くは、研究者が必要に迫られてやむを得ず、本来の研究を中断あるいは並行して、苦労して作成したものである。今日、コンピューターを使用することによって、語の並び換え作業が格段に速くなり、語の配列の仕方を様々に試みることができるようになった。しかし作業効率が格段に良くなっても、索引として刊行するとなると、当時作成された総索引の内包する問題点と同じ問題点が依然として残っている。これらの問題点を明らかにすると共に、今回科研費出版助成金を得て勉誠社より出版した『源氏物語語彙用例総索引』の特長について述べる。

  2. 索引づくりの問題点
    総索引と呼ばれるものの一般的構成は以下の様になっている。
     イ)作品の本文中の語が漏れなく検索される。
     ロ)語認定や品詞認定は統一した基準になっている。
     ハ)見出し語は、活用しない語はそのまま、活用する語はその終止形で五十音順に配列されている。
     ニ)見出し語のもとに、本文中の全ての語のページ、行を出現順に掲出している。
    このうち、イ)ロ)の条件を満たそうとすると、複合語の場合どう処理するかが常に問題となる。即ち、語認定や品詞認定の統一をはかることは意外に困難をともなうものだからである。たとえば、「きつねこたまやうのもの」という語の場合、一語として見出し語をたてるか、「きつね」「こたま」「やう」「の」「もの」と分割して入れるか、「きつね」「こたまやうのもの」と分割するか、「きつねこたま」「やうのもの」とするか、また「かけりこまほしけなり」という語の場合、どう分割して品詞付けをするかが問題となる。語のどの部分からも検索できるように、できるだけ細かく単語を分割すれば良いかというとそうでもない。複合して固有の意味を持っているのだから、その語は一語として検索されなければならない。それ故それぞれの作品の総索引は、その作品に最も必要とされる条件を満たす形で語認定を行なっている。ハ)で述べたように、語の配列についても、自立語については殆どの総索引が濁点付きひらがなで見出し語をたて、活用する語はその終止形で五十音順に配列している。接辞つきの語は本来の見出しの中に小見出しをつけて含めている。この配列方法をとると、本文表記で漢字表記の語がどれ位あって、どの語が漢字表記なのかとか、接辞のついている語をすべて検索し、そのつき方を調べたい時などは非常に調べにくい。つまり総索引や古語辞典などで行われている一般的五十音順は、語の意味を重視した配列であるため、語構成を調べるなどの用語法の研究がしにくい面も生ずる。

  3. 用例索引について
     日本の古典文学作品の総索引は、殆どが見出し語は濁点付きのひらがなで、活用する語は終止形で五十音順に配列されている。この見出し語のもとに、活用する語は活用形別に本文中に出現するページ、行が集められ載せられている。しかし、本文中の表記は言うまでもなく一定ではないし、見出し語どおりの表記でもない。それ故同義語で異表記の有無、又どのような表記が何種類で何語位あるのかはわからない。
     しかし本文表記をそのまま前後の文脈つきで、用例索引として掲出してあれば、本文表記の違いや文脈中の語法などは一目瞭然である。2.で述べた問題点のうち、語認定の問題は前後の文脈をつけることによって、多少解決できる。用例索引の例としては以下の様なものがある。
       ○万葉集總索引  ○今昔物語総文節索引   ○近世文学総索引

  4. 『源氏物語語彙用例総索引』の特長
     今回作成した『源氏物語語彙用例総索引』は、2.及び3.で述べた問題点を考慮して作られているが、その特長として以下のことを挙げることができる。
     @横書きで当該語を中央に並べゴシックとし、見やすくした。
      当該語を縦に見ると前後に接続する語が一覧できるので、用語法の研究が容易になる。
     A本文表記のまま前後の文脈を付けて掲載した。ただし反復記号は反復される文字に直した。
      異表記の有無、種類、個数などがわかりやすい。
     B語認定と語の配列は『大成』索引編に準じている。
     C見出し語は特に設けず別語、別形に移る箇所には語頭に▽印を付した。
     D古典文学大系『源氏物語』(岩波書店)と日本古典文学全集『源氏物語』(小学館)の冊とページを付した。
     E巻末に『大成』索引篇の見出し項目の語尾から五十音順に並べた逆引き表をつけ、語末の( )の中にその表記の本文中における度数を示した。語構成を調べる際に便利である。
     F巻末の数表1には、各巻における各品詞(自立語)の出現度数を示した。
     G数表2には、全巻を通じて出現頻度の多い順に100位までの語を並べた。
     H数表3には、各巻における出現度数の多い順に50位までの語を並べた。
     I更に付表として、『語彙用例総索引』作成作業の間に発見された『大成』索引篇の誤植や、語形認定や、品詞認定の誤り等を一括して載せた。

  5. 『源氏物語語彙用例総索引』の利用法の一例
     「かかやく日の宮」という語については、『大成』索引篇では一語としている。この語は桐壷の巻で
       「・・猶にほはしさはたとへん方なくうつしけなるを世の人ひかるきみときこゆ
          ふちつほならひ給て御おほえもとりとりなれはかかやく日の宮ときこゆ」
    という文脈の中で出現する語で、「ひかるきみ」と「かかやく日の宮」と並び称されている部分である。ここで、「ひかる」が「きみ」を修飾していることははっきりしているが、「かかやく日の宮」が「かかやく日の」+「宮」なのか、「かかやく」+「日の宮」なのかはっきりしない。又、『大成』の底本での表記は「日の宮」だが、他の有力な古写本では「ひの宮」とも写されている。この語については、当時の後宮における入内した内親王の待遇について詳細に検討し、令制における身分を表す「妃の宮」の意を表わすとする説が既に提出されている。「かかやく」という語を、本索引で検索してみると、「かかやく」の後には「日」や「月」はついていない。
     宇津保物語、栄花物語、竹取物語等の他作品の総索引を利用して「かかやく」が修飾している語を調べてみると、やはり「日」や「月」を修飾している例は一例もなく、ほとんどが衣服や調度、人物を修飾している。意味としては「日のようにかがやいている」状態あるいは際だって光彩を放っている様子や程度を表している。即ち、「かかやく」という語には最初から「日のようにかがやく」の意味があり、「日輪」が輝くように「かかやく心地する」「かかやくはかり」「かかやくまて」「かかやくさま」「かかやくやうなる」という使い方をしているといえる。従って「日輪」の意の「日」を修飾するのは不自然であることがわかる。「ごとし」(助動詞)の連用形「ごと」が「事」という表記を使うように、表記が必ずしも本来の意を表すものではないことは、写本に於いてはしばしばある。それ故、「かかやく日の宮」の表記が「日の宮」であっても、「日」が「日輪」の意を表しているかどうかは断定できない。「かかやく」の語が、「日」や「月」を修飾している例が平安時代までの著名作品中にみあたらないとなると、「日」が「日輪」を指すものではなさそうであるといえる。従って「かかやく日の」+「宮」ではなく、「かかやく」+「日の宮」であり、「日」は「日輪」の意ではないといえる。


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